宝林廟 西音寺 麦川保育園 麦川地域などの情報を写真で紹介

茶話会 (第24回)

 今日は「茶話会」(第24回)が開催されました。今回は川東小学校の校長先生を最後に定年退職された郷土史家の山本嘉男さん(美祢市重安)をお招きして、麦川の歴史探訪というテーマでお話ししていただきました。麦川には寺院として西音寺が、また上麦川には神社として菅原道真公をお祀りする菅原社(天満宮)があります。山本さんによれば、室町時代の永正年間(1504-20)に河越宮内が天満宮を創設し、川越隆祐が天文年間(1532-54)に西音寺の開山となり、河越宮内と川越隆祐とは河と川の相違はあるけれど同一家系の者であるということです。
 西音寺の寺歴については、私も以前、『防長風土注進案』、『防長寺社由来』、『山口県寺院沿革史』などの出版本を参照して調べたことがあります。その諸史料によれば、室町時代の周防の守護大名・大内義隆が天文20年(1551)大寧寺(長門市深川湯本)で自害したため、その家臣の川越太郎左衛門尉隆祐が主君の菩提を弔うため出家しました。そして本願寺第10世門主・証如上人の弟子になって祐西という法名を賜り、「法師庵(ほうしあん)」というお堂を建てたと伝えられています。それが今日の西音寺の創始で、天文21年(1553)のこととされています。
 隆祐が大内義隆の家臣であったころ、麦川小学校の裏手にある「殿山(とのやま)」という小高い山に、館(やかた)を構えて、領地一万石を有していたということです。殿山に館が存在した遺跡は何も残っていませんが、山が殿山という名称から、かつて館があったという伝承も確かなことと思われます。今日の茶話会に出席された上麦川在住の女性の方から殿山の頂上は平地になっていて、少女時代に友だちと登って行って何度も遊んだ場所でしたと伺いました。
 他方、菅原社の歴史については河越宮内が創設したということ以外、詳しいことはわかりませんが、山本さんから神社と寺院の開基が同一家系に由来するというお話は興味深く伺いました。今日の出席者は16名でした。

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2017-05-18 : 西音寺 :
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降誕会

 よく晴れた今日は浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の誕生をお祝いする「降誕会(ごうたんえ)」法要が勤まりました。昨日の「花まつり」とちがって、今日は保育園の園児や小・中学生の参加がないので、打って変わって静かな法要でした。私たちの本願寺派は親鸞聖人の誕生日をグレゴリオ暦に換算して5月21日(旧暦では4月1日)とするため、来週の日曜の当たり日に降誕会法要をされる寺が多いようです。
 さて、今年の降誕会では法要が始まる前に初参式が行われました。初参式とは、お子さんを授かったことを喜び、寺にお参りして仏さまに報告する式のことです。つまり、この世に生を受けられたお子さんが、初めて仏さまとのご縁を親御さんといっしょにいただくことです。このたび受式されたのは、昨年12月24日に生まれ、もうじき生後5ヶ月になる伊勢みすずちゃんです。ふだんはご両親と川崎市に住んでいますが、このたびはお母さんの実家がある美祢市に里帰り中に、初参式を受けられました。お父さんは仕事の都合で参加されていませんが、お母さんのご両親もいっしょにお参りされ、初参式に同席されました。式のあと、記念写真を撮るのが恒例ですが、みすずちゃんの顔が下を向いたままで、なかなか上を向いてくれませんでした。カメラ目線にはなっていませんが、可愛らしい表情がわかる1枚をご了解を得て、ブログにアップしました。
 初参式が終わって、午後1時間半から法要が勤まりました。今日のご法話は専福寺前住(豊北町島戸)の福田康正師でした。難解な仏教用語を使わず、卑近な例を取り上げて、時には笑いを誘いながら巧みな話術でもって、わかりやすくお取り次ぎをしていただきました。ご法話のあとは、慣例の餅まきが行われました。こうして2日間にわたる法要が天気に恵まれて無事終わりました。最後に後片付けををお手伝いしていただいた世話人の皆さんの写真を撮りました。

降誕会の朝
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初参式の受式記念
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ご法話
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今回の世話人の皆さんの集合写真
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2017-05-14 : 西音寺 :
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花まつり

 今日は麦川保育園と共催で、仏教の開祖・お釈迦さまの誕生をお祝いする「花まつり」法要が行われました。この法要は麦川地域が炭鉱で栄えていた昭和8年(1933)に始まったので、今年は84周年を迎えました。一昨日から降っていた雨も早朝には止んで、朝方からこの上ない良い天気に恵まれました。8時半ごろから園児さんと保護者の皆さんが登園して、飲食や提供品販売のバザーの準備が始まりました。普段お寺の境内に入ることの少ない小・中学生たちも集まって来て、境内や保育園はたくさんの人出で賑わいました。
 午後1時半から本堂で保育園の園児さんが主体の法要が始まりました。園児さんの献花、「らいはいのうた」のおつとめ、甘茶の灌仏、園児さんの歌など、盛り沢山の内容で30分近い法要が行われました。最近の家庭では畳に正座することはほとんどないと思うのですが、本堂ではきちんと正座して、かわいらしい両手を合わせて仏さまを拝んでいました。
 法要が終わると、園児さんたちは服を着替えて、麦川の町筋を鼓隊のパレードを行いました。パレードは鼓隊の後に続いて、一年に一度だけ、小学生たちに引かれた白象が町を練り歩きます。外でパレードが行われている間に、本堂ではご法話(中山和泉師)を聴聞しました。ご法話が終わると、園児さんは再び本堂に戻って来て、今度は参拝者や保護者の皆さんの前で、「子ども花まつり」と「花まつり行進曲」の踊りを披露しました。こうして2時間余りの「花まつり」行事は盛況のうちに終わりました。

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2017-05-13 : 麦川保育園 :
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緑陰の宝林廟

 昨晩は久しぶりに雨が降りましたが、早朝には上がりました。昼前ごろから日差しが出て来たので、新緑に包まれた宝林廟を撮影しに上ってみました。宝林廟は山に囲まれた場所にあり、参道の坂道と斜面には、植栽されたアジサイと昔に植えられた桜の木々が広がっていますから、今まさにみずみずしい若葉の美しい時期になりました。
 「森林浴」という言葉がありますが、何も木々におおわれた森の中を歩かなくても、樹木の多い公園とか林などを散歩するのも森林浴になるそうですから、宝林廟の参道を歩き、境内地を散策すればも森林浴になるのは間違いありません。森林浴にはストレスを解消する精神的な癒やしだけでなく、免疫力を高めてくれる細胞が活性化される効果もあるそうです。それは樹木などが発散する化学物質「フィトンチッド」の効果によるものだと言われています。
 下の3枚目の写真に見られるように、参道を登りきった所に御影石のテーブルが置かれた休憩場所があります。枝垂れ桜のそばにある白象をかたどったイスに腰を下ろすと、聞こえて来るのは、「ホ~ホケキョ」と鳴くウグイスのさえずりと樹間を渡る爽やか風の音だけの別世界が広がります。
 宝林廟展望台から眼下に見える麦川川と県道38号の奥側に宇部サンド工業があり、そこの工場操業音が無粋に聞こえることも時たまあります。でも、写真からわかるように、宝林廟は緑あふれる自然の中にある静寂なところです。佇んでいるだけで気持ちがリラックスするのは、きっと森林浴の効果のせいでしょう。

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展望台から宝林廟境内地の方を望む
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枝垂れ桜のそばに象さんの椅子の休憩所
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急坂の参道を上から見下ろす
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途中の参道はアジサイと桜の若葉の緑陰
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途中の参道
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参道口
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2017-05-06 : 宝林廟境内 :
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宝林廟も花盛り

 青葉が目に染みる、一年で最も過ごしやすい季節になりました。、最近はずっと良い天気が続いています。ゴールデンウイークということで、家族連れで行楽に行く人も多いようで、羨ましいかぎりです。最近、宝林廟での納骨や見学案内のため、しばしば山の上に上がりますが、行くたびにいろんな草花の花が開き始めていて、目を楽しませてくれます。
 今でこそ、境内地はきれいに手入れされていますが、思い起こせば7年前に宝林廟が建立されたころ、あたりはかなり荒れた場所でした。もともとここは山陽無煙鉱業所の住宅があった場所で、昭和45年(1970)に閉山したあと、建物は取り壊され、草ぼうぼうの状態に40年近くも放置されていました。見かねて近所の方が少しずつ手を入れておられました。その荒れ地に宝林廟ができたあと、周辺の整備のためツツジやアジサイの苗が植えられ、今に至るまで毎年管理していただいています。ツツジは小さな苗木を植えて6年余りですが、年々生長する様子を見ながら、10年後、20年後はどんなに大きくなっているだろうかと思いをふくらませています。他方、アジサイは生長が早いので、もうじき蕾が膨らんで今年もあたり一面に美しい花を咲かせることでしょう。ただ花芽が鹿に食べられないか、それだけが心配です。
 また、何ヶ所かある花壇には、毎年いろんな草花を植えていただいており、参拝者の目を楽しませています。参道の花を愛でながら急坂をゆっくり散策すれば、いろんな花に出会うでしょう。参拝者は歩いて上がるよりも車で宝林廟まで上がる人が多いですが、時には、下に車を置いて、歩いて上がるのも良いと思います。境内地が墓地公園として年ごとに整備が進んで、きれいになっているのは嬉しいかぎりです。

シャガの群生
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クリスマスローズ
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忘れな草
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カラー
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スズラン水仙
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ツルキキョウ
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イキシア
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イキシア
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野生のエビネ蘭
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オクラレルカ
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アマドコロ
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2017-05-03 : 宝林廟境内 :
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C58 雄姿再び

 美祢市立図書館前に置かれているC58形蒸気機関車(SL)の全面的な塗替え作業が始まったのは、2月25日からです。その日の様子は本ブログに載せました。予定では、3月末の日曜日(26日)までに塗替え作業が終わると聞いていたのですが、当日は所用のため現場に行けませんでした。実際、26日に作業が完了したようです。4月始めの「みね桜まつり」の時は、運転室に入って、汽笛を鳴らすイベントがあったそうです。塗替えが終わって一ヵ月が過ぎましたが、ようやく今日、見に行きました。
 周囲の様子は以前と何も変わっていませんが、塗替えられたばかりの黒光りのするC58 が今にも走り出しそうに雄々しく聳立していました。外装だけでなく、運転室の内部もすべて塗り替えられました。まさに新品同様のようですが、残念ながら、動かないSLですから、市民の間から美祢線に再びSLを走らせたらどうかという提案もあると市議会で報告されていました。
 確かに、SL効果による観光客誘致と乗客数の増加による経済波及効果は高いと思われます。また、以前に本ブログで紹介したように、麦川には全国各地を走るSLに積み込む石炭貯炭場もあり、SLには最適地と思われます。けれども、実際SLを走らせるには、大変なコストがかかるようで、とても採算が合わないので、JR西日本もその話には乗れないでしょう。それより何よりこのC58は長年、ここに置かれたままだったので、再び動かすのは容易なことではないと言われます。
 というわけで、私たちの世代のように、昔々SLが美祢線や大嶺線を走っていた当時に、、何度も乗ったことのある者にとって、SLが白煙を巻き上げ、時にけたたましい汽笛を鳴らして、再び美祢線を走るのを見るのことができるのは夢の中だけでしょうか。

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2017-04-28 : 美祢市 :
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秋吉台の響き2017

 今日の午後、秋吉台国際芸術村ホールへ「秋吉台の響き2017」と題する室内楽コンサートを聴きに行きました。このコンサートは芸術村で今日から土曜日まで開かれる秋吉台室内楽セミナーの一環として行なわれたものです。本セミナーは今年が21年目で、今回は80人余りの受講生が日本の各地や外国から集まって、新緑に包まれた自然豊かな芸術村で、一流の演奏家の講師の先生方から指導を受けるため催されるものだそうです。
 そのセミナーのオープニングの今日、講師陣の演奏家による室内楽コンサートが開催されました。出演者は、漆原啓子(ヴァイオリン)、川田知子(ヴァイオリン)、白井圭(ヴァイオリン)、会田莉凡(ヴァイオリン)、須田祥子(ヴィオラ)、大島亮(ヴィオラ)、クリスティアン・ギガー(チェロ)、金木博幸(チェロ)、海野幹雄(チェロ)、黒木岩寿(コントラバス)、山本正治(クラリネット)という錚々たる演奏家の方々です。
 演奏曲目は、シューマン『チェロ協奏曲』(室内楽版)、モーツァルト『クラリネット五重奏曲』第1楽章、ヴィヴァルディ・協奏曲集『四季』というクラシックファンには馴染みあるものですから、とても楽しめました。最初の『チェロ協奏曲』は、本来はオーケストラと協演する曲を、5人の弦楽器奏者をバックにゲヴァントハウス管弦楽団の首席チェロ奏者のクリスティアン・ギガー氏がチェロ独奏をされました。続いて演奏されたモーツァルトと休憩後のヴィヴァルディは共に有名な曲で、しかも少人数ながら卓越した奏者の演奏ですからとても良かったです。芸術村のホールは多目的に使用できるように独特の形状で観客席が300ほどの小ホールですが、音の響きがとても良く、室内楽にはうってつけ場所だと思いました。久しぶりに聴いたクラシックの生演奏の余韻にしばし浸りました。
 下に掲載した写真は演奏後の場面を撮るつもりでしたが、うまく撮れませんでした。

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2017-04-26 : 美祢市 :
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宝林廟の桜

 今日は久しぶりに晴れ間がのぞく良い天気になったので、宝林廟の桜を撮影しに行きました。先週の土曜、日曜あたりが最も見頃の満開でしたが、花曇りの曇天で、写真は出来れば陽のあたった明るい空のもとで撮りたいと思っていました。だが、昨日と一昨日は雨の降るあいにくの天気で、残念ながら撮影には不向きで、今日まで伸び伸びになりました。今日の桜はすでに満開を過ぎていたので、境内地は風に吹かれた花びらがハラハラと舞い散っていました。あと数日の花のいのちでしょう。
 最近、テレビのニュースによれば、ソメイヨシノは寿命が60年程度の短命の桜であるといわれ、昭和30年前後に植えた老木が倒れる危険性があるため、各地で伐採されたり、別の品種に植え替えたりしているそうです。宝林廟の桜はそれほどの年数は経っていませんが、厄介なことに、てんぐ巣病にかかりやすく、放置しておくとそれが広がって、花が咲かなくなるため、見つけたら取り除かなければなりません。低い場所なら、ハシゴを掛けて出来ますが、高い所はどうにもならず、お手上げです。これから植樹するなら、現在2本ほど育っている枝垂れ桜にしたいと思っています。
 わが美祢市の「市の花」は桜で、市役所のそばを流れる厚狭川沿いの道筋や付近のさくら公園には樹齢の古い大きなソメイヨシノの並木があります。毎年、4月の第1土曜日は「みね桜まつり」が開催され、今年が30回目になります。今年は4月1日がその日でした。天気は良かったものの、肝心の桜は開花が始まったばかりで、ほとんどが蕾(つぼみ)の状態て花見には少し早すぎました。でも、いろんな出店やステージイベントなど盛りだくさんの催し物があり、けっこう人出があってにぎわったようです。

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参道に花びらが舞い落ちている
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6年前に植えた仙台紅枝垂れ桜も咲きました
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2017-04-12 : 宝林廟境内 :
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宝林廟に納骨

 日曜日の今日、磯邉家とその親族の合せて11人の皆さんが、下関市から宝林廟へ納骨に来られました。西音寺とはこれまでまったくご縁のない方ですが、昨年4月に亡くなったお母さんの納骨場所を娘さんがインターネットで検索し、たまたま本ブログを見て、納骨を決めたそうです。皆さんは今日初めて当地に来られたということで、来る途中、道に迷いませんでしたかと尋ねると、車のナビがあるので問題ありませんでしたと予定時間より早く到着されました。申込みが済んだあと、さっそく今、まさに満開に咲いている宝林廟参道のソメイヨシノの桜のもとを上がって行きました。花曇りでしたが、風もなく穏やかな日和でしたから良かったです。
 このように、本ブログが縁結びとなって、納骨や納骨予約される方が年々増えているのを見ると、ブログの更新にもっと力を入れ、より多くの皆さんに読んでいただけるようにしなければと改めて思います。平成24年(2012)1月に本ブログを始めた目的が、宝林廟の存在をネット上で知っていただくことでした。当初はブログの反応は何もありませんでしたが、5ヶ月後の同年(2012)の6月、美祢市美東町の女性2人がブログを見たと言って訪ねて来られました。私のブログを見た人からの最初の反応でしたので、今でもよく覚えています。そののち、直接、寺に来られる方以外にもメールや電話などを数多くいただくようになり、多くの方がご覧になっていることがわかりました。最近はブログの更新が間遠くなっていますが、今後ともネタを探して、いろんな話題を提供したいと思います。
 なお、個人情報が記載されていますが、当人の了解を得ていることを付け加えておきます。

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2017-04-09 : 宝林廟 :
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海峡ビューしものせき

 今日は春の暖かい日差しの好天気に誘われて、前々から下見に行きたいと思っていた国民宿舎「海峡ビューしものせき」に行って来ました。下見の目的は、大嶺第二中学を昭和38年(1963)に卒業した私たち同期生の集まりを、今年の11月頃に下関市で開催するため、会場候補の一つとして「海峡ビュー」を見学に行った次第です。
 「海峡ビュー」は火の山の中腹にあります。「火の山」という変わった名前の由来は、かつて山頂に敵の襲来を知らせるために、煙や火の「のろし(狼煙)」を上げる施設が設けられていたからだそうです。現在は、観光施設として火の山2合目の壇ノ浦駅から9合目の火の山駅までを結ぶ、全長約439mの下関市営のロープウェイが架けられています。
 「海峡ビュー」に行く途中にある壇ノ浦駅までの道はロープウェイに乗車するために向かう車が数珠つなぎになっていました。真っ晴れの青空が広がる山頂から関門海峡を眺望すれば、さぞ絶景が見渡せたでしょうが、時間の余裕なかったので、残念ながらロープウェイには乗りませんでした。
 その駅を通り過ぎると、ほどなく「海峡ビュー」に到着しました。周囲にはソメイヨシノ桜の木がたくさん植えてあり、満開にはもう少しの状態でしたが、桜の木の下で写真を撮っている人もいました。せっかく来たので、まず2階のレストランで昼食をいただいたあと、1階のフロントで同期会を開くための宴会場、料理、宿泊、部屋など、いろいろお尋ねしました。ここの大浴場は、関門大橋や関門海峡を行き交う船を眺望できるのも売りの一つのようです。お話しを伺って、おおよそのことは分かりました。今後は同期会開催実行メンバーに諮って、開催日時と会場を決定しなければなりません。

海峡ビューしものせき
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1階ロビーのベランダから見える関門海峡と大橋
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海峡ビューしものせきの建物
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1階ロビー
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2017-04-04 : 山口県 :
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シキミの花、フキの花(宝林廟)

 宝林廟の参道の途中に近所の方が植えたシキミ(樒)の木が1本あります。今、ちょうどクリーム色の花がたくさん咲いています。私たち浄土真宗の寺ではご本尊の阿弥陀さまを安置した宮殿(くうでん)の上卓(うわじょく)に、1対の華瓶(けびょう)が置かれていて、仏様にお供えする仏花として一般的にシキミが活けられます。参道脇のシキミも年中見ていたのですが、これまで初春に花が咲いていたのに気づきませんでした。今年初めてシキミの木全体に花が咲いているのに気づきました。私には初めて見る花ですからネットに載せました。
 宝林廟は自然豊かな場所にありますから、ワラビ、ゼンマイなどの山菜が採れますが、フキノトウ(蕗の薹)もあちこちに生え出ます。フキノトウは独特な芳香と、苦味のある食材として天ぷらや和え物、フキノトウ味噌などに利用されます。誰も採らないようですので、あちこちに花が咲いています。フキの花が咲いたあとに地下茎が伸びてフキの葉が広がるでしょう。フキの茎も食用になるので誰かが採取するでしょうか、それとも鹿が食べるでしょうか。
 先日のお彼岸の中日に廟にお参りした時は、河津桜は蕾が多かったのですが、そののち気温が上って暖かくなったので、ようやく満開になって見頃になりました。境内地にはソメイヨシノや枝垂れ桜もありますが、まだまだ固い蕾の状態ですから4月の上旬にならないと、花見は出来ないでしょう。春を感じさせる草木を見ていると、もうじき訪れる春爛漫の美しい季節が楽しみになります。

シキミの花
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参道の途中にあるシキミの木
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フキの花
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水路沿いに並んで出たフキ
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満開の河津桜
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2017-03-25 : 宝林廟境内 :
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新聞記事「経営塾 生徒はお坊さん」

 今日の『朝日新聞』経済欄に興味深い記事が掲載されていたので紹介します。記事の見出しは、「経営塾、生徒はお坊さん」、「減る檀家、寺業(じぎょう)計画作り支援」とあります。つまり、この経営塾とは仏教関係の住職やその家族を対象に、お寺の経営戦略、すなわち寺業の立て方を指導し、教授するための「未来の住職塾」といわれるものです。開塾は今から5年前の2012(平成24)年春で、これまでに30近い宗派の20代から60代までの約420人が受講したそうです。この4月から始まる第6期塾は120人余りが新たに受講するということです。
 なぜ、この「住職塾」に多くのお寺の僧侶たちが参加して、自分の寺の現状を分析し、生き残るお寺としての将来計画を立てるノウハウを学んでいるのか、その理由は住職として寺を預かっている私には良く理解できます。全国のコンビニよりも多いといわれる約7万7千ヵ寺の住職の中には、このまま手をこまねいていれば、お寺は衰退の一途をたどり、やがては維持できなくなるであろうという危惧をいだいている人が少なくないからです。
 なによりもそれは核家族化や少子化に加えて、過疎化の進行によって、否応なしにご門徒や檀家さんが減少し、お寺離れが進んでいるからです。それに加えて、葬儀をしない直葬(ちょくそう)の波が都会から地方の田舎まで及び、さらに年忌法要も行わないなど、お寺を維持するための財政基盤が弱体化しています。
 こうした現在のお寺をとりまく厳しい状況を少しでも変えて行くには何をなすべきか、住職塾で学んだことを自坊で実践し、お寺の将来を切り開こうと意欲的に学んでいる住職さんたちが全国にたくさんいることを、この記事から知りました。わが美祢西組のすべての住職さんも同様の危機感をいだいていると思いますが、いざアクションを起こしてお寺を活性化するために、何らかの試みをしているかどうか、まず自らに問いかけねばなりません。

『朝日新聞』平成29年3月22日付け
朝日H29 3 22
(上掲記事の本文を下に転載)

 昨年11月、東京タワーを望む都心の寺で15人ほどの僧侶が一心に電卓をたたいていた。一般社団法人「お寺の未来」が開く「未来の住職塾」の塾生たちだ。
 この日のテーマは「財務」。コンサルティング会社勤務を経て、「お寺の未来」代表理事を務める井出悦郎(37)が講師役だ。架空の寺の財務諸表を元に、自己資本比率や損益分岐点の求め方、資金計画を立てる際の考え方を学んだ。
 「住職塾」はお坊さんたちに経営を指南するユニークな塾だ。塾長で浄土真宗本願寺派の僧侶、松本紹圭(37)と講師の井出がまとめた「住職の教科書」で、寺の経営戦略を練るためにマーケティングや経営分析手法、財務などの知識を1年かけて学んでいく。
 卒業課題は、それぞれの寺が「こうありたい」と願う未来の姿と、実現に必要な具体策をまとめた「寺業計画書」を作ることだ。受講料は約15万円。2012年春の第1期からこれまでに東京や大阪、名古屋、京都などで開催。30近い宗派から住職やその家族ら約420人が参加した。年齢も20代から60代まで幅広い。
 人口減や過疎化で檀家が減り、葬儀や法事は簡素化が進む。お寺の経営基盤は揺らいでいる。税を優遇される宗教法人への目も厳しい。「寺業計画書は寺の羅針盤。実行に移してナンボ」と松本は言う。
 講義の中身は実践的でユニークだ。「財務」の回で井出はディズニーランドを引き合いに出した。お寺は伽藍や墓など固定資産(ハード)と宗教的な供養や儀礼(ソフト)を融合させ、人の生き死にの「物語」について価値を提供している。ディズニーは派手なアトラクション(ハード)とショーや接客サービス(ソフト)を高度にバランスよく融合させてファンタジーを提供。お寺と通ずる面があるという。
 01年に開業した東京ディズニーシーの投資では減価償却が一巡。コスト削減効果もあって、大規模投資に向けた局面に入ったと井出は指摘。「お寺も檀家の寄付に頼るばかりでなく、中長期的な資金計画が重要です」と説いた。
 塾の最終回は塾生が寺業計画を発表する。意見を出し合い、松本らの講評を受けて計画を仕上げる。東京クラスの発表会は1月11日。長野県筑北村から来た曹洞宗碩水寺の竹原昭雄(45)はネット上にバーチャル寺院「願陀無寺(がんだむじ)」を立ち上げ、3~5年後に「聖地」を目指すと話した。
 高齢化率が4割を超す過疎地で住職をする竹原は、檀家たちとの関係づくりに苦心していた。そこで考えたのが、趣味であるガンダムのプラモデルづくりを生かすプラン。ガンプラが縁で寺を訪れる人が増えれば、村もにぎわう。
 「不用ガンプラを送ってもらい、供養したら」と好意的な感想が出た一方、「檀家が離れるのでは」と懸念の声も。竹原は「あくまで人を村に呼び込むツール。村民にも寺という資産をどう活用できるか考えてもらえれば」と話す。
 これからは「ふつうの寺」の時代だ、と松本は言う。仏教界は名刹や古刹、カリスマ的な魅力を持つ一部の「スーパー住職」に支えられてきた。だがこれからの難局を乗り切るにはお寺同士が知恵や情報を交換し、経営スキルを高めることで業界水準を引き上げる発想が不可欠だ、という。
 卒業生たちは宗派や地域を超えたネットワークを築きつつある。井出は言う。「住職塾は悩める寺の駆け込み寺でありたい」
 4月には第6期生、120人超の住職たちが未来図づくりにのぞむ。=敬称略 (佐藤秀男)
2017-03-22 : 新聞・書籍・TV :
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春のお彼岸の中日

 春と秋のお彼岸の中日とお盆の8月16日の年三回ほど、納骨堂と宝林廟の仏前で読経をし、午後からは本堂で布教使さんの法話を聴聞するのが寺の年中行事になっています。今日は春のお彼岸の中日(春分の日)です。寺では恒例の納骨堂と宝林廟で読経を勤め、午後からは本堂で仏法を聴聞する法座(講師、中島昭念師:秋芳町、明厳寺)が開かれました。
 6年半前の平成22(2011)年9月6日から宝林廟での納骨受付が開始され、同年秋のお彼岸の中日に初めて宝林廟で読経を勤めました。それ以来、屋外での読経のため、いつも雨天にならないことを願っているのですが、幸いにも中止になるほどの雨天になったことはこれまでありません。今日も午後からお天気が崩れるという予報で、実際3時すぎから雨が降り出しましたが、朝9時ころは風もなく、弱い日差しもあって穏やかな天気に恵まれ、多くの老若男女の参拝者の皆さんといっしょにお勤めをしました。ちなみに、宝林廟での供養の様子を最初にブログにアップしたのは平成23(2012)年8月16日で、以後欠かさずアップしていますが、納骨者が増えるにつれて参拝者も多くなったことが過去の本ブログからわかります。
 宝林廟の境内地には、昔に植えられたソメイヨシノの桜の木があります。宝林廟が建立されてからも、河津桜や枝垂れ桜などを植樹しました。早咲きの河津桜は植えて間もなく鹿の食害を受けたため、樹形はいびつになりましたが、春のお彼岸のころは見頃になります。しかし今年は寒さが続いて気温が上がらなかったせいか、開花が遅れ、これから咲く膨らんだ蕾がたくさん見られました。

宝林廟に参拝に来られた皆さん
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読経後のお焼香
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河津桜のもとで
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これから咲く蕾がたくさん見られる河津桜
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2017-03-20 : 宝林廟 :
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鑚仰会・特別法座

  今日は美祢西組・親鸞聖人鑚仰会の特別法座が宝泉寺(大嶺町上領)で開催されたので、私を含めて7名のご門徒といっしょにお参りしました。この特別法座は「美祢西組鑚仰会」の主催で、年一回、この時期に開かれ、今年が第33回ということですから、昭和58年ころに始まった法座です。
 私たち浄土真宗では、僧侶もご門徒も共に仏の教え(仏法)を聴聞することにとりわけ重きを置いた特色があり、そのため各寺院では年に何回も布教使さんを招いて本堂で仏法聴聞の座(法座)が開かれます。今回の特別法座も「鑚仰会」という西組教化団体が高名な布教使さんをお呼びして、西組の行事の一環として開催されています。
 今年から特別法座の会場が宝泉寺に変更になり、広い駐車場に入り切らないほど多くの車でお参りがありました。今回の講師は、組長さんの推薦で、本願寺派布教使・紫藤常昭師(福岡教区 徳常寺住職)が「仏壇のある家に暮らすこと」という講題でお話しされました。紫藤師の法話はこれまでも聴聞したことがありますが、今日も難しい仏教用語は使わないで、ユーモアたっぷりのたとえ話を盛り込んで、笑いに満ちた良いお話しでした。

会場の宝泉寺
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本日の法座の講題
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講師の紫藤常昭師(福岡教区 徳常寺住職)
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満堂の本堂
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真宗宗歌と恩徳讃のときに手話をされた方
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宝泉寺駐車場
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2017-03-13 : 美祢市 :
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茶話会 (第23回)

 今日は午後2時から西音寺門徒会館で茶話会を開催しました。今回は山口大学理学部・理工学研究科で生物行動学や生態学の研究と教育をされ、定年退職後は下関市豊田町殿居に住んでおられる松村澄子先生をお招きして、先生が博士号を取得された研究対象であるコウモリについて、その生態や特徴などをお話していただきました。
 そもそも、コウモリという動物は、写真とかテレビとかで見て、知ってはいるものの、実際、夜行性の習性ですから、ふだん見る機会はほとんどないし、一般的にあまり馴染みのない動物と言えるでしょう。そこで、先生が山口大に在職中にご自身がビデオカメラで撮影された記録映像をスクリーンに映写しながら、出席者の皆さんにわかりやすく解説していただきました。
 美祢市には観光地として有名な秋芳洞や大正洞という鍾乳洞があります。先生は学生時代は洞窟内を探検するケイビングクラブに所属し、後には研究者として洞内のコウモリ調査のため、それこそ自分の庭のように知り尽くした秋芳洞や大正洞に生息するコウモリや沖縄の西表島などで調査し、撮影された動画に沿ってお話しをされました。
 日本には33種類のコウモリがいて、秋芳洞にはそのうち8種ほど生息しているそうです。北極、南極を除いた世界中のほとんどの地域に生息し、哺乳類の種類の全体の四分の一を占める約一千種ほどがいるそうです。中国や台湾で食用にされるフルーツコウモリ(いわゆるオオコウモリ)、耳が異様に大きなキクガシラコウモリ、人家に生息するイエコウモリ(アブラコウモリ)など、よく知られているコウモリを紹介していただきました。
 また、コウモリの生態も興味深いお話しでした。例えば、コウモリが子どもを産んで、一人立ち出来るまで愛情深く育てていく様子やコウモリの子どもの鳴き声は再生速度を遅くすると、「おかーさん(お母さん)」とか、「おっかー」と呼んでいるように聞こえることがわかったといったお話しも興味深かったです。付け加えると、この事実をテレビ局が放映したところ、表彰されたそうです。
 何しろ、鳥類ではなく、哺乳類ということすら、不確かな親しみのないコウモリですから、出席者の皆さんから、コウモリは害獣か益獣か、コウモリの天敵は何か、家の近くにコウモリが住み着いているようだか、どんな種類だろうか、なぜコウモリを一頭、二頭と数えるのか、といった、いろんな質問が出て、先生とのお話しは尽きないようでしたが、3時半近くになったので、閉会になりました。今日の出席者は15名でした。

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キクガシラコウモリ
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2017-03-10 : 西音寺 :
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住所:山口県美祢市大嶺町奥分2058  浄土真宗本願寺派 西音寺  
電話 0837-52-0415

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