宝林廟 西音寺 麦川保育園 麦川地域などの情報を写真で紹介

シキミの花、フキの花(宝林廟)

 宝林廟の参道の途中に近所の方が植えたシキミ(樒)の木が1本あります。今、ちょうどクリーム色の花がたくさん咲いています。私たち浄土真宗の寺ではご本尊の阿弥陀さまを安置した宮殿(くうでん)の上卓(うわじょく)に、1対の華瓶(けびょう)が置かれていて、仏様にお供えする仏花として一般的にシキミが活けられます。参道脇のシキミも年中見ていたのですが、これまで初春に花が咲いていたのに気づきませんでした。今年初めてシキミの木全体に花が咲いているのに気づきました。私には初めて見る花ですからネットに載せました。
 宝林廟は自然豊かな場所にありますから、ワラビ、ゼンマイなどの山菜が採れますが、フキノトウ(蕗の薹)もあちこちに生え出ます。フキノトウは独特な芳香と、苦味のある食材として天ぷらや和え物、フキノトウ味噌などに利用されます。誰も採らないようですので、あちこちに花が咲いています。フキの花が咲いたあとに地下茎が伸びてフキの葉が広がるでしょう。フキの茎も食用になるので誰かが採取するでしょうか、それとも鹿が食べるでしょうか。
 先日のお彼岸の中日に廟にお参りした時は、河津桜は蕾が多かったのですが、そののち気温が上って暖かくなったので、ようやく満開になって見頃になりました。境内地にはソメイヨシノや枝垂れ桜もありますが、まだまだ固い蕾の状態ですから4月の上旬にならないと、花見は出来ないでしょう。春を感じさせる草木を見ていると、もうじき訪れる春爛漫の美しい季節が楽しみになります。

シキミの花
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参道の途中にあるシキミの木
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フキの花
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水路沿いに並んで出たフキ
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満開の河津桜
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2017-03-25 : 宝林廟境内 :
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新聞記事「経営塾 生徒はお坊さん」

 今日の『朝日新聞』経済欄に興味深い記事が掲載されていたので紹介します。記事の見出しは、「経営塾、生徒はお坊さん」、「減る檀家、寺業(じぎょう)計画作り支援」とあります。つまり、この経営塾とは仏教関係の住職やその家族を対象に、お寺の経営戦略、すなわち寺業の立て方を指導し、教授するための「未来の住職塾」といわれるものです。開塾は今から5年前の2012(平成24)年春で、これまでに30近い宗派の20代から60代までの約420人が受講したそうです。この4月から始まる第6期塾は120人余りが新たに受講するということです。
 なぜ、この「住職塾」に多くのお寺の僧侶たちが参加して、自分の寺の現状を分析し、生き残るお寺としての将来計画を立てるノウハウを学んでいるのか、その理由は住職として寺を預かっている私には良く理解できます。全国のコンビニよりも多いといわれる約7万7千ヵ寺の住職の中には、このまま手をこまねいていれば、お寺は衰退の一途をたどり、やがては維持できなくなるであろうという危惧をいだいている人が少なくないからです。
 なによりもそれは核家族化や少子化に加えて、過疎化の進行によって、否応なしにご門徒や檀家さんが減少し、お寺離れが進んでいるからです。それに加えて、葬儀をしない直葬(ちょくそう)の波が都会から地方の田舎まで及び、さらに年忌法要も行わないなど、お寺を維持するための財政基盤が弱体化しています。
 こうした現在のお寺をとりまく厳しい状況を少しでも変えて行くには何をなすべきか、住職塾で学んだことを自坊で実践し、お寺の将来を切り開こうと意欲的に学んでいる住職さんたちが全国にたくさんいることを、この記事から知りました。わが美祢西組のすべての住職さんも同様の危機感をいだいていると思いますが、いざアクションを起こしてお寺を活性化するために、何らかの試みをしているかどうか、まず自らに問いかけねばなりません。

『朝日新聞』平成29年3月22日付け
朝日H29 3 22
(上掲記事の本文を下に転載)

 昨年11月、東京タワーを望む都心の寺で15人ほどの僧侶が一心に電卓をたたいていた。一般社団法人「お寺の未来」が開く「未来の住職塾」の塾生たちだ。
 この日のテーマは「財務」。コンサルティング会社勤務を経て、「お寺の未来」代表理事を務める井出悦郎(37)が講師役だ。架空の寺の財務諸表を元に、自己資本比率や損益分岐点の求め方、資金計画を立てる際の考え方を学んだ。
 「住職塾」はお坊さんたちに経営を指南するユニークな塾だ。塾長で浄土真宗本願寺派の僧侶、松本紹圭(37)と講師の井出がまとめた「住職の教科書」で、寺の経営戦略を練るためにマーケティングや経営分析手法、財務などの知識を1年かけて学んでいく。
 卒業課題は、それぞれの寺が「こうありたい」と願う未来の姿と、実現に必要な具体策をまとめた「寺業計画書」を作ることだ。受講料は約15万円。2012年春の第1期からこれまでに東京や大阪、名古屋、京都などで開催。30近い宗派から住職やその家族ら約420人が参加した。年齢も20代から60代まで幅広い。
 人口減や過疎化で檀家が減り、葬儀や法事は簡素化が進む。お寺の経営基盤は揺らいでいる。税を優遇される宗教法人への目も厳しい。「寺業計画書は寺の羅針盤。実行に移してナンボ」と松本は言う。
 講義の中身は実践的でユニークだ。「財務」の回で井出はディズニーランドを引き合いに出した。お寺は伽藍や墓など固定資産(ハード)と宗教的な供養や儀礼(ソフト)を融合させ、人の生き死にの「物語」について価値を提供している。ディズニーは派手なアトラクション(ハード)とショーや接客サービス(ソフト)を高度にバランスよく融合させてファンタジーを提供。お寺と通ずる面があるという。
 01年に開業した東京ディズニーシーの投資では減価償却が一巡。コスト削減効果もあって、大規模投資に向けた局面に入ったと井出は指摘。「お寺も檀家の寄付に頼るばかりでなく、中長期的な資金計画が重要です」と説いた。
 塾の最終回は塾生が寺業計画を発表する。意見を出し合い、松本らの講評を受けて計画を仕上げる。東京クラスの発表会は1月11日。長野県筑北村から来た曹洞宗碩水寺の竹原昭雄(45)はネット上にバーチャル寺院「願陀無寺(がんだむじ)」を立ち上げ、3~5年後に「聖地」を目指すと話した。
 高齢化率が4割を超す過疎地で住職をする竹原は、檀家たちとの関係づくりに苦心していた。そこで考えたのが、趣味であるガンダムのプラモデルづくりを生かすプラン。ガンプラが縁で寺を訪れる人が増えれば、村もにぎわう。
 「不用ガンプラを送ってもらい、供養したら」と好意的な感想が出た一方、「檀家が離れるのでは」と懸念の声も。竹原は「あくまで人を村に呼び込むツール。村民にも寺という資産をどう活用できるか考えてもらえれば」と話す。
 これからは「ふつうの寺」の時代だ、と松本は言う。仏教界は名刹や古刹、カリスマ的な魅力を持つ一部の「スーパー住職」に支えられてきた。だがこれからの難局を乗り切るにはお寺同士が知恵や情報を交換し、経営スキルを高めることで業界水準を引き上げる発想が不可欠だ、という。
 卒業生たちは宗派や地域を超えたネットワークを築きつつある。井出は言う。「住職塾は悩める寺の駆け込み寺でありたい」
 4月には第6期生、120人超の住職たちが未来図づくりにのぞむ。=敬称略 (佐藤秀男)
2017-03-22 : 新聞・書籍・TV :
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春のお彼岸の中日

 春と秋のお彼岸の中日とお盆の8月16日の年三回ほど、納骨堂と宝林廟の仏前で読経をし、午後からは本堂で布教使さんの法話を聴聞するのが寺の年中行事になっています。今日は春のお彼岸の中日(春分の日)です。寺では恒例の納骨堂と宝林廟で読経を勤め、午後からは本堂で仏法を聴聞する法座(講師、中島昭念師:秋芳町、明厳寺)が開かれました。
 6年半前の平成22(2011)年9月6日から宝林廟での納骨受付が開始され、同年秋のお彼岸の中日に初めて宝林廟で読経を勤めました。それ以来、屋外での読経のため、いつも雨天にならないことを願っているのですが、幸いにも中止になるほどの雨天になったことはこれまでありません。今日も午後からお天気が崩れるという予報で、実際3時すぎから雨が降り出しましたが、朝9時ころは風もなく、弱い日差しもあって穏やかな天気に恵まれ、多くの老若男女の参拝者の皆さんといっしょにお勤めをしました。ちなみに、宝林廟での供養の様子を最初にブログにアップしたのは平成23(2012)年8月16日で、以後欠かさずアップしていますが、納骨者が増えるにつれて参拝者も多くなったことが過去の本ブログからわかります。
 宝林廟の境内地には、昔に植えられたソメイヨシノの桜の木があります。宝林廟が建立されてからも、河津桜や枝垂れ桜などを植樹しました。早咲きの河津桜は植えて間もなく鹿の食害を受けたため、樹形はいびつになりましたが、春のお彼岸のころは見頃になります。しかし今年は寒さが続いて気温が上がらなかったせいか、開花が遅れ、これから咲く膨らんだ蕾がたくさん見られました。

宝林廟に参拝に来られた皆さん
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読経後のお焼香
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河津桜のもとで
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これから咲く蕾がたくさん見られる河津桜
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2017-03-20 : 宝林廟 :
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鑚仰会・特別法座

  今日は美祢西組・親鸞聖人鑚仰会の特別法座が宝泉寺(大嶺町上領)で開催されたので、私を含めて7名のご門徒といっしょにお参りしました。この特別法座は「美祢西組鑚仰会」の主催で、年一回、この時期に開かれ、今年が第33回ということですから、昭和58年ころに始まった法座です。
 私たち浄土真宗では、僧侶もご門徒も共に仏の教え(仏法)を聴聞することにとりわけ重きを置いた特色があり、そのため各寺院では年に何回も布教使さんを招いて本堂で仏法聴聞の座(法座)が開かれます。今回の特別法座も「鑚仰会」という西組教化団体が高名な布教使さんをお呼びして、西組の行事の一環として開催されています。
 今年から特別法座の会場が宝泉寺に変更になり、広い駐車場に入り切らないほど多くの車でお参りがありました。今回の講師は、組長さんの推薦で、本願寺派布教使・紫藤常昭師(福岡教区 徳常寺住職)が「仏壇のある家に暮らすこと」という講題でお話しされました。紫藤師の法話はこれまでも聴聞したことがありますが、今日も難しい仏教用語は使わないで、ユーモアたっぷりのたとえ話を盛り込んで、笑いに満ちた良いお話しでした。

会場の宝泉寺
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本日の法座の講題
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講師の紫藤常昭師(福岡教区 徳常寺住職)
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満堂の本堂
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真宗宗歌と恩徳讃のときに手話をされた方
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宝泉寺駐車場
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2017-03-13 : 美祢市 :
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茶話会 (第23回)

 今日は午後2時から西音寺門徒会館で茶話会を開催しました。今回は山口大学理学部・理工学研究科で生物行動学や生態学の研究と教育をされ、定年退職後は下関市豊田町殿居に住んでおられる松村澄子先生をお招きして、先生が博士号を取得された研究対象であるコウモリについて、その生態や特徴などをお話していただきました。
 そもそも、コウモリという動物は、写真とかテレビとかで見て、知ってはいるものの、実際、夜行性の習性ですから、ふだん見る機会はほとんどないし、一般的にあまり馴染みのない動物と言えるでしょう。そこで、先生が山口大に在職中にご自身がビデオカメラで撮影された記録映像をスクリーンに映写しながら、出席者の皆さんにわかりやすく解説していただきました。
 美祢市には観光地として有名な秋芳洞や大正洞という鍾乳洞があります。先生は学生時代は洞窟内を探検するケイビングクラブに所属し、後には研究者として洞内のコウモリ調査のため、それこそ自分の庭のように知り尽くした秋芳洞や大正洞に生息するコウモリや沖縄の西表島などで調査し、撮影された動画に沿ってお話しをされました。
 日本には33種類のコウモリがいて、秋芳洞にはそのうち8種ほど生息しているそうです。北極、南極を除いた世界中のほとんどの地域に生息し、哺乳類の種類の全体の四分の一を占める約一千種ほどがいるそうです。中国や台湾で食用にされるフルーツコウモリ(いわゆるオオコウモリ)、耳が異様に大きなキクガシラコウモリ、人家に生息するイエコウモリ(アブラコウモリ)など、よく知られているコウモリを紹介していただきました。
 また、コウモリの生態も興味深いお話しでした。例えば、コウモリが子どもを産んで、一人立ち出来るまで愛情深く育てていく様子やコウモリの子どもの鳴き声は再生速度を遅くすると、「おかーさん(お母さん)」とか、「おっかー」と呼んでいるように聞こえることがわかったといったお話しも興味深かったです。付け加えると、この事実をテレビ局が放映したところ、表彰されたそうです。
 何しろ、鳥類ではなく、哺乳類ということすら、不確かな親しみのないコウモリですから、出席者の皆さんから、コウモリは害獣か益獣か、コウモリの天敵は何か、家の近くにコウモリが住み着いているようだか、どんな種類だろうか、なぜコウモリを一頭、二頭と数えるのか、といった、いろんな質問が出て、先生とのお話しは尽きないようでしたが、3時半近くになったので、閉会になりました。今日の出席者は15名でした。

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キクガシラコウモリ
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2017-03-10 : 西音寺 :
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秋吉台国際芸術村

 今日は仲間といっしょに秋吉台国際芸術村に行って来ました。先月、私たち5人の仲間が実行委員会を結成して、現在、絵画展のプロジェクトを進めています。それは、本ブログにも何度か載せたことのある、美祢市出身の洋画家・石村勝宣画伯の個展を、初めて美祢市で開催しようというプロジェクトです。絵画展を開催する当っては、まず開催場所をどこにするかという問題があります。都会ならいざ知らず、美祢の片田舎で3号の小品から150号の大作まで20点余りを展示するには、どこが良いだろうかといろいろ検討したところ、市内の中心部から外れていて、アクセスに難点があるものの、秋吉台国際芸術村よりほかはないだろうということになり、まず会場を下見することになった次第です。
 19年前の1998年8月にオープンした芸術村は、国定公園「秋吉台」の麓の周囲を山に囲まれた自然の中にあり、国内外の芸術家たちの活動の場として、有名な建築家・磯崎新氏によって設計されました。私たちの企画している絵画展を芸術村のギャラリーと研修室のどちらを借りて開催しようかと検討しましたが、石村氏の意見も踏まえて、ギャラリーで開催することになりました。そして芸術村と開催日時について打合せた結果、開催日は今秋11月12日(日)~23日(木曜、祭日)の12日間に決定しました。今後は実行委員会のメンバーがたびたび集まって、具体的な準備活動を開始します。私たちにとっては、美祢市出身で、しかも高校の同窓生の素晴らしい芸術作品を、美祢市の皆さんに紹介できるかと思うと、今からわくわくしています。

秋吉台国際芸術村入り口
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宿泊棟
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宿泊棟とレストランへの入り口
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案内板
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本館棟
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絵画展を開催するギャラリー
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2017-03-08 : 美祢市 :
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おゆうぎ会(麦川保育園)

 毎年、3月恒例の行事である麦川保育園の「おゆうぎ会」が開催されました。これは保育園の年間行事の中では、秋の運動会と並んで、保護者の皆さんがとても楽しみしているイベントです。それは何よりも我が子の成長が実感できる場でもあるからです。午前9時に会が始まる前から、園児のご両親だけでなく、おじいちゃんやおばあちゃんや、卒園児さん、ご近所の皆さんなどで、狭い園のホールは、ほぼ満員になりました。
 0才児さんから年長さんまで20数名の全員が出演して、遊戯、劇、楽器演奏など、いろんな出し物を、一生懸命に演じました。客席からは我が子の様子を記録しようと、何台ものビデオカメラが回っていました。昔のように一眼レフカメラで撮るよりも、音声の入った動画に収めるのが、近ごろの主流になりました。出し物の数は10余りですが、演目ごとに衣装の着付けや舞台の小道具の準備などに手間取るので、すべての演目が終わったのがお昼前になりました。
 園児さんたちは、今年に入ってから「おゆうぎ会」の練習に毎日のように励んでいたので、今日の晴れ舞台を、お母さんたちの前で立派に見せることができ、さぞ嬉しかっただろうし、保護者の皆さんも目を細めて楽しくご覧になったことと思います。と同時に、熱心に指導された保育士の先生方のご苦労にも感謝したいものです。

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2017-03-05 : 麦川保育園 :
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S Lの化粧直し

 美祢市立図書館前の駐車場脇にC58形蒸気機関車(SL)が展示されています。その由来について、昨年6月10日の本ブログで紹介しました。このSLが昭和48年(1973)に現役を引退し、同じ年の9月から図書館前に引っ越して来て以来、今日まで40年余り、野ざらし状態で展示されています。長い年月の間、雨や風にされされ続けて来たのですから、当然のことながら、車体の塗装がアチラコチラ剥げて傷んでいました。そこで、美祢市観光協会はボランティアを募って、塗装会社の協力によって来月3月末までに、車体全体を塗り替えようというプロジェクトを立ち上げ、本日から現場作業が始まりました。
 午後にその様子を見学に行きました。現場責任者の方にお話しを伺ったところ、朝9時すぎから女性2人を含む20人余りのボランティアと塗装会社の作業員の皆さんが、まず塗装剥がしの作業から始めたそうです。午後からは作業員の数も減っていましたが、甲高い音を響かせてグラインダーで塗装を剥がしている人やハンマーで車体をカンカンと叩いて塗装を浮かせている人など10人余りの人たちが寒空の下で熱心に作業をしていました。
 古い塗装を剥がしたあとは、サビ止めをして上塗りをする作業工程になるようです。ボランティアの皆さんには交通費も労賃も一銭も出ず、昼の弁当だけが支給されるということです。時期的に寒い季節ですから、屋外での作業はとても大変なことだと思います。3月末までの土曜、日曜、祭日の朝9時から午後4時まで昼食を挟んで、作業が続けられるそうです。
 
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2017-02-25 : 美祢市 :
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雪景色(西音寺・宝林廟)

 今冬は昨年12月に1度、新年に入ってからは1月15日と2月10日の3度ほど当地に雪が降りましたが、筆で撫でたようにうっすら積もった淡雪で、ほどなく解けてしまって写真に撮るほどの雪景色にはなりませんでした。今朝(12日)は今冬一番の降雪で、あたりが白くなっていました。朝の7時半すぎに外に出てみると、道路は凍結していましたが、積雪はほどんどありません。でも、寺の本堂や山門の屋根は一面が真っ白になり、寺の裏山は雪をかぶったの木々が朝日に当って輝いていました。
 宝林廟の景色はどうだろうかと思って、歩いて上って見ました。やはり山の中ですから、あたりは一面が雪景色になっていましたが、長靴を必要としないほどの積雪ですから、思ったほどではなかったです。テレビのニュースでは、鳥取などの西日本の日本海側では記録的な大雪だと言っていましたが、幸いにも雪雲は山口県を外れていたようです。例年、冬は一度くらい昼間でもノーマルタイヤで走れないくらいの雪が積もって、白銀の世界が現れるのですが、今日も午前中にすっかり解けてしまう淡雪でしたから、今冬は暖冬気味の雪の少ない年と言えるでしょう。2月もすでに中旬に入りましたが、寒い日が今しばらく続くことでしょう。

西音寺と朝日の当たった裏山
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西音寺の門前の道路に積雪はほとんどありません。
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朝日が射す宝林廟
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宝林廟
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宝林廟
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上から見た宝林廟境内地
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宝林廟展望台から宝林廟の方を眺望
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2017-02-12 : 麦川地区 :
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新聞記事「女性だけの永眠の地」

 近年の社会変動に伴って、仏教界も葬儀や法事などの仏事(ぶつじ)が大きく変容しています。今日の新聞記事に取り上げられたお墓の事情も多様化が進んでいます。記事の大見出しは、「女性だけの永眠の地」とあり、亡くなったあとのお骨の安置場所として、「死後は夫と別の墓がいい」とか、「気の合う独身女性同士で」といった要望に応えて、女性専用の納骨堂や個人墓などが増えている事例が紹介されています。そうした背景には、経済的に自立した女性が増え、女性の生涯未婚率が高まるなか、自分にはどういう旅立ちがふさわしいのか、最後は自分で決めたいという意識が高まり、それに応えるものが女性専用の納骨堂や墓地だと述べられています。 
 わが西音寺でも、お骨やお墓の相談が年々増えています。当地は急速に過疎化と少子化が進んでいるため、先祖から継承されてきたお墓が護持できなくなるという相談は多いのですが、それ他にも例えば、「私が亡くなったら、あの世でまで主人の世話をしたくないので一緒のお墓に入りたくありません。ですから実家の母親の入っているお墓に納骨してください」と生前、私に頼まれた女性がおられました。また、別のある人からは、死んだら海に散骨するか、樹木葬にしたいと思うのですが、どうでしょうか、といった相談もありました。
 こうした相談は、死んだら家の墓に入るとか、退職金が入ったので生前に夫婦の墓を準備をしておくといった、以前では当たり前であったお墓の慣習が、従来の家族や家のあり方にとらわれない個人の意識変化とか、核家族化や少子化といった社会変化の影響で近年では廃れつつあるように思われます。誰もが遅かれ早かれ、必ず死を迎えるのですから、いわゆる「終活」の一つとして死後のことを考えておくことは決してムダにはならないでしょう。

『朝日新聞』 平成29年2月8日号
朝日H29 2 8
(以下に、上掲記事の本文を転載します)

 墓地や納骨堂といった「終(つい)のすみか」で近年、女性専用をうたうものが目につく。があるようだ。葬送をめぐる考え方の変化や「非婚化」のほか、女性の社会進出によって、自分の最後は自分で決めたいとの意識が強まっているという見方もある。
 平安時代の歌人、小野小町ゆかりの寺として知られる隨心院(京都市山科区)に2015年11月、女性専用の納骨堂「小町堂」が完成した。生涯独身だったとも言われる小町。もともと女性の拝観者が多いこともあり、寺での伝承から、「小町生誕1200年」の記念事業として取り組んだ。
 経蔵だった広さ約20畳の建物を3千万円ほどかけ改修。内部の壁面には小町を含む六歌仙が描かれ、289基の納骨壇が設けられた。永代使用料は、80万~120万円。三十三回忌までは僧侶に毎日読経してもらえ、その後は建立予定の専用合祀(ごうし)墓へと移される。
 これまで申し込んだ約10人は全員が健在。見学者は近畿圏在住の50~60代が多いが、東京や名古屋からも問い合わせがあるという。
 隨心院僧侶の高倉寛智さん(34)は「晩婚化が進み、生涯結婚しない人も増えている。『終活』がクローズアップされるなか、小町堂が自分の死後に不安を抱く女性の心の支えになれればと思っている」と話す。
 自分一人で眠りたいという希望に応える墓地もある。京都府宇治市の「京都天が瀬メモリアル公園」の広い芝生の一角にプレート型の墓碑が並ぶ。15年にできた女性専用の個人墓「天空葬コスモガーデン」だ。
 白い大理石のプレートには名前と星座のマークがあしらわれ、墓石や彫刻・設置工事代込みの費用は50万円から。より小型のプレートは20万円だ。いずれも永代供養墓で、管理費は不要という。
 同園では元々、男女問わず入れる個人墓があるが、女性専用の区画を求める声に応えて新たに設けた。契約者には、独り身の人や家族に負担をかけたくないという人のほか、旅行で訪れた京都が気に入ったという人もいるという。
 管理事務所の谷山正人所長(49)は「自分の近くに眠るのは同性の方が安心できるという人もいる。女性専用墓の数は全国的に見てまだ多くはないが、自分らしいお墓を選ぶ際の一つの選択肢にはなっているのではないか」と話す。
 こうした墓地や納骨堂は東京や千葉、北海道や佐賀などにもできている。
 
 常寂光寺(京都市右京区)境内にある納骨堂「志縁廟」は、血縁や地縁ではなく、志で結ばれた志縁による女性のための納骨堂だ。
 太平洋戦争では多くの若い男性が亡くなり、生涯独身となった女性も少なくなかった。そうした時代を必死に生きた女性がいた事実や平和の大切さを伝えようと、1979年に結成された「女の碑の会」会員のための共同墓として90年にできた。会員以外にも、墓を守る子供のいない夫婦らにも開放され、現在では生前に納められた約1100人分の位牌(いはい)が廟内に並ぶ。うち200人ほどが亡くなっているという。
 長尾憲佑住職(57)は「これでほっとしましたという手紙をたくさんいただいた。安心して死ねるということは、今を安心して生きられるということなのでしょう」。志縁廟の新規募集はしていないが、寺は性別や子供の有無を問わない新しい廟の建立を検討している。
 長江曜子・聖徳大教授(墓地・葬送研究)によると、かつての家中心の墓では、はからずも独身となった女性は実家の墓に入るのが一般的だった。女性専用の墓や納骨堂は15年ほど前から登場し、特にここ5年ほどで目立つようになったという。
 「経済的に自立した女性が増えて、自分の最後は自分で決めたいとの意識が高まり、その需要に応えるものが供給されるようになってきた」。こうした状況の変化が、長年夫婦として連れ添った女性の「墓は夫とは別に」「夫の家の墓には入らない」という決断を支えている側面もあるようだ。「女性の生涯未婚率が高まるなか、自分にはどういう旅立ちがふさわしいのかと考える人々にとって、女性専用墓には今後も一定のニーズがあるのではないか」(佐藤剛志)
2017-02-08 : 新聞・書籍・TV :
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ボタ山のメガソーラー工事

 今日の午後、寒風の吹きすさぶ悪天候の中、現在、ボタ山の山上で工事が進められているメガソーラー(大規模太陽光発電所)の建設現場の現地説明会に地域の皆さんといっしょに参加しました。このメガソーラーは昨年6月から前田建設工業(株)が山上に建設工事を始めたもので、今年の9月に設備が完成し、10月から稼働する予定だそうです。
 ボタ山は地中から石炭を採掘したときに発生する捨て石(=ボタ)を廃棄した場所が山になったもので、山陽無煙鉱業所が昭和45年(1970)に閉山するまで、長年にわたって捨てて来たボタが、周囲の山々を凌駕するほど巨大な真っ黒い山になって、聳え立っていました。本ブログにも昔のボタ山の写真を載せました。
 閉山してから炭鉱関係の施設は多くが取り壊されました。ボタ山だけは炭鉱の遺物として、そのまま残ると思っていましたが、ボタ山も年を経るごとに頂上から削り採られて行きました。というのは、ボタは燃える石炭成分を含有するため、他の燃料に混ぜれば使えるということで、市内のセメント工場などにボタが使用されたからです。そのため長年にわたってボタ山の頂上からボタを掘り出して、ダンプトラックで運び出されていたのですが、そのうちボタを補助燃料として使用しなくなったため、掘り出しは終わりました。それは今から10数年前のことでしょうか。削り取られた山上には広大な平地が残りました。本ブログでも、その山上の様子を紹介しました。
 平成23年(2011)の東日本大震災で福島の原発事故が発生して以来、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスなどの再生可能エネルギーによる発電事業が日本各地で起こされました。中でも国の固定価格買取制度を利用してソーラーパネルによる太陽光発電が全国的にもっとも盛んになりました。それに目を付けて、大手の企業が全国各地の広大な遊休地にメガソーラーを次々と建設しています。美祢市内にも廃業したゴルフ場跡地や遊園地(ニュジーランド村)跡地などにメガソーラーが出来るということです。かつて山陽無煙社宅があった白岩地区の広大な跡地には、オリックス(株)が昨年メガソーラーを完成したことは、本ブログで紹介しました。
 今から2年ほど前に、前田建設工業(株)がボタ山に太陽光発電所を建設するということで、地元説明会を開催しました。ボタ山に接している常森地区や筈畑地区は、これまでボタ山から真っ黒い雨水の流出やボタの崩落などの問題が発生しています。そのため、山上に発電所が建設された場合、そうした問題がまた起こらないかという懸念から、このたび現地説明会が開催された次第です。私も久しぶりにボタ山に上って見ましたが、以前の風景は一変していて、きれいに整地された広大な敷地にソーラーパネルを設置する基礎工事が着々と進んでいました。
 今日、現地を案内していただいた施工業者さんの話では、敷地面積は13ヘクタール(13万平米)あり、ソーラーパネルを3万枚余り設置して、発電出力は7MW(7メガワット)だそうです。数字だけを聞いてもピンときませんが、大規模の発電所であることは確かなようです。今秋完成したら、再度現地案内が予定されているそうですから、また見に行こうと思います。

ボタ山の工事現場での説明会
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パネルを使って施工業者さんの説明
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山上の貯水溜池を見る参加者
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以下の写真は工事現場を眺望
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2017-01-20 : 麦川地区 :
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通夜布教(西本願寺)

 本願寺(西本願寺)の御正忌報恩講法要は、毎年1月9日~16日に勤められます。昨夜は通夜布教が行なわれたので、インターネットで聴聞しました。通夜布教は、親鸞聖人がご往生される前夜、門弟たちが朝まで聖人のお世話をしたことに始まるといわれます。そのためご命日の前夜の15日、午後7時から明朝の午前5時40分まで夜通し行なわれます。会場は本願寺境内に隣接した聞法会館で、1階の総会所と3階の多目的ホールの2ヵ所で同時に開催されます。昨晩は全国の各教区から推薦された13名の本願寺派布教使さんが2ヵ所の会場ごとに、各人40分の持ち時間で法話をされました。
 私も以前は15日に本願寺に参拝して夜に通夜布教の聴聞をしていましたが、ネットで同時配信されることが分かってから、ここ数年は自宅のコタツに入って、気楽に聴聞しています。いつもながら朝まで起きておられないので、昨夜は午前2時半ころまで9人の布教使さんの法話を聴聞しました。
 今回印象に残ったのは節談を交えた塚本慈顕師(佐賀教区:徳常寺)の法話です。今日、節談説教の出来る布教使さんはきわめて少数といわれますが、その一人が高座に上って法話をされた塚本師です。近年は高座に上がる布教使さんはまず見ないし、実際高座を今でも備えている寺はほとんどないと思われます。そういう意味でも塚本師のお取り次ぎは興味深く聴聞しました。

法話が始まる前の会場(1階総会所)の様子
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若林眞人師 (大阪教区:光照寺)
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前田昌光師 (新潟教区:源昌寺)
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南眞琴師 (福井教区:妙壽寺)
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野瀬善隆師 (滋賀教区:清徳寺)
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佐々木至成師 (備後教区:照専寺)
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野世真隆師 (大阪教区:光陽寺)
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塚本慈顕師 (佐賀教区:徳常寺)
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杉田正悟師 (国府教区:明通寺)
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原智精師 (富山教区:正興寺)
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2017-01-16 : 県外 :
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展望台からの風景

 ニュースによれば、この冬一番の寒波襲来で日本の各地に大雪が降っているようです。当地も朝からとても寒い一日になりましたが、日中はまだ雪は降らず、日差しも出ていたので宝林廟に上って、展望台から周辺の風景を写真に撮りました。展望台から見渡す眺望は決して美しい風景が眼下に広がっているとは言えませんが、当地が無煙炭で繁栄していた炭鉱全盛期を見て育った私には展望台から眺める今の風景の中に自然と昔の様子が心に浮かび上がります。昔を知る人とって当地ほど栄枯盛衰を感じさせる地域はないでしょう。
 下の写真に見える道路は麦川川と旧山陽無煙鉱業所跡地との間を走る県道38号線です。昨年4月に平成9年に廃線になったJR大嶺線の線路跡地が新設道路に生まれ変わって、これまでの川向こうの県道38号線と接続したため、今では多くの車が麦川の町筋ではなく、川向こうの県道を走るようになって交通事情もずいぶん様変わりしました。
 天気予報では県内は今晩あたりから雪が降るということですから、明日は今年最初の雪景色が見られるかもしれません。

展望台から上麦川、麦川小学校方面を望む
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宇部興産の子会社・ユーイーエルが見える
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現在、太陽光発電所がボタ山跡に建設中のため、その作業所が見える
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昔の炭鉱を偲ばせるシックナーや建屋などが残っている
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現在、宇部興産の子会社・宇部サンド工業の工場が見える
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写真の下半分に麦川上(昔の寺町)地区の家屋が見える
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2017-01-14 : 宝林廟境内 :
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ヒップホップ・ダンス

 ヒップホップの「ヒップ」とはかっこいい、「ホップ」とは飛び跳ねるという意味で、今から40数年前にアメリカのニューヨークで生まれた、野外でラップ系の音楽を演奏したり、ダンスを踊ったり、ファッションやアートも含めたものを「黒人の弾ける文化」としてヒップホップと呼ばれているようです。
 麦川保育園でも、昨年12月からヒップホップ・ダンスを園児さんたちに取り入れることになり、今日はそのレッスン日ということで、見学させていただきました。指導される先生は美祢市在住の福嶋久美さんで、今日お聞きしたプロフィールは次のようです。福嶋さんは市内の中学校を卒業したあと、幼少の頃からモダンバレエを習っていたことから、単身沖縄に渡って、「沖縄アクターズスクール」に入学し、3年間ダンスなどを学んだそうです。「沖縄アクターズスクール」は芸能人の養成学校として安室 奈美恵など、多くの有名人が学んだ学校として有名なようです。福嶋さんはもともと芸能人になるつもりはなく、ダンス技能を向上させる目的が果たせたところで地元に戻られたそうです。現在は宇部市のダンス・スタジオで指導されるかたわら、いろんなイベントやプロモーションビデオなどに出演されているそうです。
 さて、今日のレッスンを見学して、園児さんたちは軽快な音楽に合せて体を動かすことが大好きなことがよくわかりました。福嶋先生から次から次へと出される体のいろんな動作の指示にしたがって、園児さんも保育士の先生も体全体を動かす運動を約1時間ほど続けました。途中一度だけ水分補給をする以外は休むことなく体を動かし続けていましたが、誰一人として疲れた様子を見せた子はいませんでした。今日も寒い日でしたが、終わった後はみんな体がホカホカになったとか、おもしろかったといって喜んでいました。ヒップホップ曲に合せて体を動かすダンスは、疲れを知らない子どもたちにとって、この上ない楽しい運動遊びでしょう。

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途中休憩で水分補給
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指導者の福嶋先生
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2017-01-11 : 麦川保育園 :
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新年のご挨拶

    皆さま 新年明けましておめでとうございます。
    今年もよろしくお願いします。

 平成29年(2017)の新年を家族ともども元気に無事、迎えることができたことを、ありがたいことと感謝しています。新しい年が始まると、やはり気持ちも何となく改まるように感じられます。本ブログは、「宝林廟」を知っていただく目的で、平成24年(2012)1月6日に始めたので、今年1月から6年目に入ります。今後ともいろんな話題を発信して行きたいと思っています。
 昨年の大晦日には、夜11時45分すぎから除夜の鐘を撞き始めました。年が変わって、午前0時から本堂でお参りの皆さんと一緒に新年最初のお勤め(読経)をしました。今年も一年が、あれよあれよという間に過ぎ去ることでしょう。残された人生のカウントダウンが始まったと言いたいところですが、「今日とも知らず、明日とも知れ」ない生死無常(しょうじむじょう)のいのち(命)を、いま生かされているのですから、人生の終着がいつ我が身に訪れるやもしれません。その意味から、刹那(瞬時)、刹那(瞬時)のいのちがつながって、ゴールに近づいているのが、いのちの本質といえるでしょう。
 浄土真宗の葬儀においては、本願寺第八世の蓮如上人が作られた『白骨のご文章』を必ず拝読します。私はこのご文章を葬場で拝読するたびに、悲嘆にくれたご遺族や会葬者に向けてだけでなく、自分自身に向けての拝読だと思っています。「声に出して読みたい日本語」にふさわしい名文だと思います。
 『白骨のご文章』は、15世紀室町時代の古文でありながら、現代の私たちにも十分理解できるようなことばでもって、例えば、「朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり」という有名な一節に見られるように、いのちのはかなさ(儚さ)が切々と語られています。無常のはかないいのちであるがゆえに、死を意識して日々を大切に生きることが、より良い生き方に通じるように思います。

新年のお荘厳
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元旦の朝の寺の風景
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除夜の鐘
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2017-01-02 : 西音寺 :
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プロフィール

Author:西音寺住職
住所:山口県美祢市大嶺町奥分2058  浄土真宗本願寺派 西音寺  
電話 0837-52-0415

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