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宝林廟 西音寺 麦川保育園 麦川地域などの情報を写真で紹介

宝林廟へ園外散歩(麦川保育園)

 最近は雨の日が多かったのですが、今日は風は冷たいものの、晴れた良い天気になりました。宝林廟の河津桜が今、ちょうど満開に咲いているので、保育園の園児さんと先生が私も同道して、宝林廟へ散歩に行きました。園児さんたちは、ふだん天気が良い時は園庭で遊ぶのですが、時には園外散歩に出かけます。でも宝林廟へ上がることは、あまりありません。というのも、周囲を山と樹木に囲まれ、谷水の流れる水路が走っている、自然豊かな宝林廟境内地は、自由奔放に動き回る園児さんたちが遊ぶには危険な場所が少なくないし、時たま猿の群れが現れる恐れもあるからです。というわけで、今日はめったに行かない宝林廟へ河津桜の花見に行きました。宝林廟にはソメイヨシノや枝垂れ桜もありますが、蕾はまだ固いですから開花は3月下旬以降になるでしょう。
 
参道の坂道を上がって宝林廟へ
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宝林廟境内の休憩所で
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満開の河津桜の下で
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ヒマラヤスギの周囲に落ちている松ぼっくりやスギの花を拾って
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拾ったスギの花と松ぼっくり
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ヒマラヤスギの大木の根本で
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坂を下って帰園します
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満開の河津桜
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2019-03-13 : 麦川保育園 :
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ジオサイト「荒川坑」の見学

 今日は同級生の落合紀久子さんや隆光寺の若坊守さんらと一緒に、「Mine秋吉台ジオパーク」(以下、「みねジオパーク」)のジオサイトの1つである大嶺炭田遺構の「荒川坑」(大嶺町奥分荒川)をジオガイドさんの案内で見学しました。そもそもジオパークという言葉自体、あまりなじみがありませんが、ウィキペディア(Wikipedia)によれば、地球・大地の「ジオ;Geo」と、公園の「パーク;Park」とを組み合わせた「大地の公園」を意味し、地球科学的な価値を持つ大地の遺産を保全し、教育やツーリズムに活用しながら、持続可能な開発を進める地域認定プログラムだということです。
 さて、我が美祢市は7年前の平成24年(2012)からまず「日本ジオパーク」、将来的には「世界ジオパーク」の認定を目指して活動を開始し、今から3年半前の平成27年(2015)9月、「日本ジオパーク」に認定されました。「みねジオパーク」は次の3つの地域から成ります。まずカルスト台地の秋吉台と日本最大規模の鍾乳洞である秋芳洞、次に東大寺の大仏に使われた銅を産出した長登銅山跡、そしてかっては日本最大の無煙炭が産出された大嶺炭田跡の3つで、それぞれの地域ごとにジオサイトと呼ばれる見どころの場所が指定されています。
 しかし、見物者がただジオサイトを訪れても、現地の知識がなければよく理解ができないので、案内するガイドさんを養成する講座が平成24年秋から毎年開かれています。現在、受講を修了して認定されたジオガイドさんは数十人いるということで、依頼すれば現地の案内をしてもらえます。今日の荒川坑見学も落合さんが事前に依頼していたジオガイドさんの案内によって、荒川坑をわかりやすく説明していただきました。この荒川坑の歴史については平成13年に美祢市教育委員会が現地に設置した案内板に概略が説明してあるので、下にその写真を載せました。

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2019-03-03 : 麦川地区 :
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法語掲示板

 山門前の掲示板を昨年10月末に再設置したことは以前、本ブログに載せました。それからほぼ月替りで、掲示板担当の坊守が本願寺関係の本や新聞などを参考にして法語を選んで掲示しています。今回の法語は私がネットから選んだもので、「輝け!お寺の掲示板大賞2018」の大賞を受賞した言葉です。
 この「お寺の掲示板大賞」は、公益財団法人仏教伝道協会が主催して昨年(2018)から始まった新企画です。宗派を問わずお寺の掲示板の法語で、ありがたいとかユニークと思われるものを写真に撮って、ツイッターやインスタグラムに投稿したものの中から入賞作品が決定されるということです。第1回の大賞は願蓮寺(岐阜県郡上市)の掲示板に掲示されていた「おまえも死ぬぞ」という、短くてインパクトのある言葉が選定されました。今回の掲示はその言葉を借用しました。
 ところで、我が国では「死」という言葉は、直接口に出して言うのがはばかられるとして、「逝去」に言い換えるとか、あるいは「死」を連想させるから数字の「4」は病院などで使わないというように、「死」はタブー視される傾向にあります。私たちはいかにして健康で、長生きできるか、という「生」、すなわち生きることにしか目が向いていません。死を忘れて生きているのが、老いも若きも普通の人間の生き様です。死を忘れていても、忌み嫌う死は遅かれ早かれ必ず我が身に訪れます。今回の法語は死を見つめようとしない私たちに向かって、お前も必ず死ぬぞ、死を忘れるな、と訴えかける警句です。

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2019-02-28 : 西音寺 :
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新聞記事 「『墓じまい』してどこに移す?」

 本日の『朝日新聞』の別紙 "be on Saturday"、に「お骨の行き先、『墓じまい』してどこに移す?」という見出しの記事が載っていたので、紹介します。
 「墓じまい」とは、現在あるお墓を撤去して、遺骨を他の所に移動することを意味します。この言葉がマスコミに登場するようになったのは、そんなに古いことではありません。おそらく4~5年ぐらい前ではないかと思います。今ではすっかり一般的な用語として定着するほど、「墓じまい」の意味がよく知られるようになったことを物語っています。
 本日の新聞記事の主題は、「墓じまい」した遺骨をどこに持って行くかということです。記事によれば、遺骨の改葬先として人気が高いのが地方自治体による公営合葬墓や樹木型合葬墓で、都会で急増しているのが宗教法人による屋内納骨堂であるといわれます。また、いわゆる「墓じまい」ではないが、火葬した遺骨を海などに散骨するとか、あるいは遺族が火葬場で骨を一切拾わないというのも、墓と関係しないという意味で「墓じまい」と見なしているようです。ただ、そのような解釈は一般的とは言いがたいでしょう。
 いずれにせよ、お骨の行き先にはいろんな選択肢がありますが、本人の生前の意思をよく聞いておくことが大事と述べられています。今後数十年は死亡者数が年々増加して行く「多死社会」を迎える我が国は、少子化や過疎化による「墓じまい」だけでなく、火葬後の遺骨をどこに持って行くかという選択も可能な世の中になってきました。
 なお、記事の左欄上部に「いまどきのお骨事情」で、全国県庁所在地の市(東京都も含む)において、「火葬したお骨を一切拾わない選択は可能か?」という問いに対する答えが一覧表にして示されています。その表によれば、お骨を「一切拾わないことが可能」、「一部分拾わないことが可能」、「拾わないことは不可で、全部持ち帰る」という選択が市によって異なるようです。我が美祢市では原則、6寸サイズの骨壷に入るだけ収めて、残った灰や遺骨は火葬場が後始末をしています。

『朝日新聞』 "be on Saturday" 平成31年2月23日付け
墓じまい(朝日新聞) 2019-02-24 16-51-36
(上掲の記事本文を以下に転載)

 多死社会となり、「お骨」をめぐる状況が大きく変わろうとしている。核家族化が進み、墓の維持が困難になったとして「墓じまい」する人が増えている。お骨の引っ越し先として合葬墓や最新式納骨堂などが続々と誕生。「家」から「個」へ。墓のかたちが多様化する一方、遺骨を墓に入れない選択をする人も。最新のお骨事情とは。
 日本の年間の死亡数は2017年、戦後最多の約134万人(厚生労働省)となった。内閣府は40年にピークの約168万人になるとみている。
 墓のニーズが高まる一方で、増えているのが「墓じまい」だ。高齢化、核家族化が極まるなか、墓の管理継承ができなくなったなどとしてお骨の引っ越しである改葬が17年度には約10万4千件行われた。ここ10年で4割増である。問題はお骨をどこに移すかだ。
 人気が高いのが、地方自治体による公営合葬墓だ。血縁を超えて、遺骨を共同埋葬する。18年、秋田市営の合葬墓地に希望者が殺到して話題となったが、各地で新設されている。樹木葬タイプ、樹木型合葬墓は特に人気だ。
 改葬先として都会で急増中なのが、宗教法人による屋内納骨堂だ。多くが宗教宗派を問わずに遺骨を受け入れ、コンピューター制御で管理する。東京のJR目黒駅から徒歩3分の「目黒御廟(ごびょう)」。約2千平方メートルの敷地の3階建てビルに9500基の「墓」がある。ブースで仕切られた参拝室で、ICカードをホルダーに挿入すると、お骨の入った厨子が自動搬送で運ばれてきた。
 運営する浄土真宗本願寺派應慶寺住職の樹谷淳昌さん(71)は「寺が寄進に頼っていた昔と時代が違う。寺も変わらねば」と語る。価格は1基136万円、108万円、85万円の3種類。すでに約1千基が売れたという。

 〈「骨を拾わない」 話し合って約束〉
 今や自動搬送式納骨堂は都内で25カ所前後、「墓」は約10万基、全国では約80カ所、約50万基あるとみられる。
 「いまどきの納骨堂」などの著書があるノンフィクションライターの井上理津子さん(63)は納骨堂について「管理費の値上げや破産しないかなど不安要素もある」と見るが、時代の流れに注目する。「戦後、家制度はなくなったのに祭祀財産の墓には家督相続的な古い習慣や意識が残っていた。家族の形や価値観が多様化するなか、やっと時代に追いついてきた」
実は従来型の墓の歴史はそう古くはない。今のような墓石を建てるようになったのは江戸中期。「○○家之墓」という墓碑も天皇制を支えた家制度の道徳規範が行き渡る明治末期からだ。
 改葬先としては、骨を墓に入れないという選択もある。1991年、「葬送の自由をすすめる会」は日本初の海での散骨を行い、「自然葬」を市民運動の形で行ってきた。同会副会長の西田真知子さん(68)は「死後の自己決定は保障されるべきだ」という。
 火葬場で遺族が骨を一切拾わないという究極の選択を、宗教学者の島田裕巳さんは「0(ゼロ)葬」と呼んだ。
 京都の世界人権問題研究センター嘱託研究員で女性学が専門の源淳子さん(71)は16年に「つれあい」をがんで亡くしたが、「元気なときから、互いにどちらが先に逝っても骨を拾わないと話し合っていた」といい、大阪の火葬場でその約束を守った。源さんは「親鸞の思想によって立った」と語る。自身も浄土真宗本願寺派で得度。「親鸞は、自分の遺体は鴨川に流して魚に食べさせよ、と遺言しました」
 もともと、東日本では遺族が遺骨を全部持って帰るのに対して、西日本では「部分収骨」として一部しか持ち帰らない風習がある。各都道府県庁所在地の公営火葬場で遺骨を一切拾わない選択ができるかどうかを調べると=表=、やはり東日本では不可が多く、地域差が大きいことがわかった。

 〈自治体も始めた、終活のサポート〉
 近年問題となっているのは一人暮らしの高齢者の引き取り手のない遺骨の増加だ。身元も親族もわかっているのに引き取りを拒否される場合が多い。
 神奈川県横須賀市では2000年代半ばから無縁納骨堂に入る遺骨が急増したため、15年「エンディングプラン・サポート事業」を開始。葬儀や納骨について葬儀社と生前契約をかわすなどの手続き支援も行い、自治体による終活支援として注目されている。18年には全市民を対象にした終活サポートもスタート。同市福祉部次長の北見万幸さん(60)は「お骨の行き先の選択肢は多いが、それが本人の希望かどうか、生前に意思を聞いているかどうかが大事」と言う。死後の尊厳を社会で考える時代が来ている。(林るみ)
2019-02-23 : 新聞・書籍・TV :
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春のきざし

 今冬の当地は昨年末と先月の2度だけ雪が降りましたが、すぐに融けて積もるほどではありませんでした。最低気温も例年ほど低くないため、毎年、数回は凍結する境内にある屋外トイレの水道もこれまで凍結していません。もう2月の中旬です。春の足音が聞こえて来るころですから、宝林廟に上がって見ました。
 昨日、下松市笠戸島の河津桜が咲き始めたと「テレビ山口」のニュースが伝えていました。さて宝林廟の河津桜はどうだろうかと思って、2本ある河津桜の様子を見に行きました。8年前に植えた河津桜の幼木は鹿に枝を折られる被害があったものの、枯れることもなく今では成木となって毎年、春のお彼岸ころに満開になります。今日見たところ、だいぶ膨らんだ蕾が木全体に付いていました。その中に5輪ほどすでに開花していました。今年が暖冬気味だからでしょう。この分だと例年より満開が早まりそうです。
 宝林廟には昨春植えた若木の河津桜があります。昨年10月19日の本ブログに、この河津桜が季節はずれの花を咲かせたと載せました。この木にもたくさんの蕾が付いていますが、開花しているものはまだありません。植えてから丸1年が近づきますが、もうじき美しい花を咲かせることでしょう。
 春のきざしといえば、フキノトウではないでしょうか。宝林廟にも毎年、同じ場所にフキノトウが出ているので、見に行ったところ、落ち葉の間から地中から這い出たばかりのような蕾が数個、頭を覗かせていました、宝林廟からの帰り道に、参道脇のシキミを見たところ、クリーム色の花がたくさん咲いていました。まだまだ寒い日が続くでしょうが、春が近づいていることが感じられました。

河津桜
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フキノトウ
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シキミ
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2019-02-13 : 宝林廟境内 :
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新聞記事「僧衣で運転、違反取り消し」

 1月27日付け『読売新聞』に、「僧衣で運転、違反取り消し」という見出しの記事が掲載されたので、まず本件の経緯から述べておきます。
 昨年9月、福井県福井市の浄土真宗本願寺派僧侶が僧衣(=法衣 ほうえ)を着用して車を運転していたところ、僧衣での運転は福井県道交法違反として反則金6千円の青切符を切られた事件がありました。通常、軽微な交通違反はローカルニュースにすらならないのですが、昨年12月29日付け『読売新聞』全国版に本件記事が掲載され、同時にネットでも配信、拡散されたので、全国の僧侶たちが知るところとなりました。
 このニュースにいち早く反応したのが僧侶でした。僧衣を着ての運転が運転操作に支障をきたすという理由で道交法違反になるのなら、今後、車で檀家(=門徒)さん宅にお参りに行けなくなり、死活問題だとしてすぐさまネット上で反論を開始しました。『読売新聞』に掲載された翌12月30日、山梨県の日蓮宗の僧侶がツイッターで「#僧衣でできるもん」を立ち上げ、僧衣を着ていても、一般的な服装以上の動作・行動が可能であることを証明しようと試みた動画をアップしました。このような経緯を1月7日の本ブログで紹介しました。
 反則金の納付を拒否し、裁判も辞さない意向だという福井の僧侶のその後は不明でした。だが、昨日の『読売新聞』によれば、証拠が不十分で、違反を認定できなかったという理由で福井県警が反則切符を取り消したと報じられ、一件落着となったようです。突然の幕引きに、件の僧侶は「何も解決していない」と釈然としないそうですが、まずは僧衣での運転で反則切符が切られることはないようで、安心しました。なお、ツイッターの「#僧衣でできるもん」は現在もいろんな投稿が続いていて、活況を呈しています。

『読売新聞』平成31年1月27日付け
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2019-01-28 : 新聞・書籍・TV :
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通夜布教(西本願寺)

 浄土真宗本願寺派の本山・本願寺(=西本願寺)では、1月9日から16日までの8日間、宗祖・親鸞聖人の遺徳をしのび、ご恩に報謝する法要である「御正忌・報恩講(ごしょうき・ほうおんこう)」が勤められます。昨晩は、午後7時から翌朝の午前5時40分まで本願寺聞法会館で、夜を徹しての「通夜布教(つやふきょう)」が催されました。私も以前は本山にお参りして通夜布教を聴聞していましたが、ここ何年かはインターネット・ライブ中継で聴聞しています。
 「通夜」というと、一般に葬儀の前夜に執り行われる仏事(神道の神事でもある)を意味しますが、「通夜布教」の場合は夜通し行われる布教という意味です。例年、全国の各教区から選ばれた本願寺派布教使さん13人が、各人40分の持ち時間で法話をします。会場は本願寺北境内地にある聞法会館の1階総会所と3階の多目的ホールの2会場で同時進行して、13人の布教使さんが両会場1回ずつ法話を勤めます。したがって、もし贔屓の布教使さんがいれば、2回ほど聴聞できるわけです。
 でも、インターネットライブは総会所からの中継だけで、昨晩は午前1時前まで7人の布教使さんの法話を聴聞し、各布教使さんの写真を撮って、下に載せました。午前1時以降に担当された6人の法話は聴けなかったし、また有り難い法話も録画できないので、もう一度聴き直すこともできません。せっかく本願寺も良いホームページを開設しているのですから、通夜布教の録画を再生できるコーナーを設ければ、聴きのがした人にも喜ばれるだろうと思います。

備後教区 善正寺 那須英信師
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和歌山教区 西覺寺 島和夫師
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備後教区 妙延寺 尾野義宗師
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熊本教区 宝林寺 經智敬師
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長野教区 正行寺 井上慶真師
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東京教区 光善寺 栁川眞諦師
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福井教区 千福寺 髙務哲量師
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2019-01-16 : 県外 :
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#僧衣でできるもん

 事の発端は昨年、平成30年12月29日付けの『読売新聞』の記事です。その記事によれば、昨年9月16日、福井市内の県道を浄土真宗の僧侶が法事に行くため、裾が足首までの白衣の上に布袍を着た僧衣(=法衣)で軽乗用車を運転していたところ、取り締まり中の警察官に、「その着物(での運転)は(違反ですから)だめです」と、青切符を切られ、反則金6千円を納付するよう告げられたということです。この違反の法令は、『福井県道路交通法施行細則』による「運転操作に支障を及ぼすおそれのある履物または衣服を着用して車両を運転しないこと」が適用されたということです。
 この記事がネット上でも伝えられたので、全国の仏教各宗の僧侶に大きな反響を呼んで、現在、仏教界も見過ごすことのできない問題になっています。というのも、これまで門徒さんや檀家さんのお宅にお参りするため、僧衣を着て車を運転していて、道交法違反で検挙されたことはないのに、今後この福井の事例が適用されたなら、車に乗ってのお参りができなくなるおそれがあるからです。
 そこで、山梨県の日蓮宗のある僧侶がこの事件を広く知ってもらうと同時に、僧衣を着ていても、何ら車の運転に支障はないことをユーモアを込めて反論・反証しようと、ツイッターで”#僧衣でできるもん”を立ち上げ、自身の動画をアップしたところ、それに呼応して各地の芸達者な僧侶たちが僧衣を着て、いろんな芸を披露した動画を次々と投稿しました。ついにはイギリスのBBC NEWSにも報道されるほどホットな話題になっています。
 ところで、件の福井市の僧侶は反則金の支払いを拒否しており、裁判も辞さない意向だと伝えられています。この事件の今後の動向はどうなるのか、すべての僧侶が無関心ではいられません。

 下の記事は事件が全国に報道された『読売新聞』(平成30年12月29日付け)
読売平成301229 
2019-01-07 : 新聞・書籍・TV :
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新年のご挨拶

   生かさるる いのち尊し けさの春  (中村久子:1897-1968)

   新年明けましておめでとうございます。

 2019年、平成最後の年が平穏に明けました。私たち家族も元気に新年を迎えられたことは、有り難いことと感謝しています。本ブログは、宝林廟が創建された平成22年(2010)7月から1年半近くたった24年(2012)1月6日に最初の記事を載せたので、もうじきブログ開設から丸7年が経過し、8年目に入ります。その間、ブログネタをいろいろ見つけては記事を更新してきましたが、次第にマンネリ化して、昨年はアップする記事がとても少なくなりました。
 でも、ネットユーザーの方から、ブログを見てますよと言われたり、ブログで永代供養墓を知ったから、とメールや電話をいただいたり、直接訪ねて来られた時は、本ブログが多少なりとも役立っていることがわかり、嬉しいものです。また、そうした反応があるからこそ、ほそぼそながらでも続けたいという気持ちになります。今年もよろしくお願いします。

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2019-01-01 : 西音寺 :
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除夜の鐘

 大晦日には毎年、午後11時45分ころから除夜の鐘を撞き始めます。年一回、思い切り鐘が叩たけるとか、煩悩を払いたいというような思いで、今年も近所の方などが撞きに来ました。本来、108煩悩にちなんで、除夜の鐘の数は108回と決まっているようですが、我が寺では撞き手がいなくなるまで自由打鐘ですから、何回撞いたかにはこだわりません。例年、撞いたあと、そのまま自宅に帰る方もいますが、本堂に上がって、仏さまに新年最初のお参りをされる方もいます。
 今年も新年が明けた午前0時半すぎから、少ないながらも本堂にお参りされている皆さんと一緒に『讃仏偈』の読経をしました。その後、お茶を飲みながらしばらくの間、談笑をしました。他寺ではおでんやぜんざいを振る舞って1杯やるところもあるようですが、我が寺の接待はコーヒーか煎茶だけです。
 ところで、定期購読している『月刊住職』12月号(」2018)の記事「今年の除夜の鐘、夜に撞くか昼に撞くか」によれば、近年、市街地あたりの寺では、除夜の鐘がうるさい騒音として苦情が出るため、止めたところも少なくないようです。他方、高齢者ばかりの過疎地では真夜中に鐘を撞きに来る人が少ないため、昼間の正午とか午後7時からに変更したところ、たくさんの人が参加するようになった寺もあるようです。過疎地の我が寺も後者に相当し、騒音苦情は寄せられないものの、年々撞きに来る人が少なくなっています。そうした記事も参考にして、ご門徒の意見を聞きながら、除夜の鐘を見直す時期かとも思っています。

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2018-12-31 : 西音寺 :
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今冬の初雪

 今朝、6時の梵鐘を撞きに外に出たところ、まだ真っ暗闇ですが、夜半に降った雪が外灯の光に当たって、ボーと辺り一面が白くなっていました。昨日の昼間からチラチラ白いものが降っているな、と感じていましたが、当地ではこの冬の初雪です。写真を撮るには、まだ暗いため、少し明るくなってからにしようと思って、7時すぎに外に出て、まず宝林廟へ向かいました。
 参道の上り口から見ると、参道脇の花壇は雪にすっかり覆われていましたが、坂道はうっすらと白くなっている程度でした。歩いて上がって見ると、境内地は一面真っ白になっていましたが、積もっているというほどではありません。宝林廟の屋根も同様です。廟の周囲を囲っているキンメツゲの生け垣や、背後の山の木々は綿帽子をかぶっているように見えます。
 宝林廟から下りて来て、だいぶ明るくなった本堂と庫裏の遠景を撮りました。次はもっと積雪の風景を撮りたいと思いますが、来年のいつ頃になるでしょうか。寒いのはあまり好きではないですが、風景が一変する白銀の世界は魅力的です。

宝林廟参道口
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宝林廟
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宝林廟
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山門、本堂
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庫裏
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2018-12-29 : 宝林廟境内 :
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蓮華の会に出講(善照寺)

 昨晩は阿川の善照寺で開催された「蓮華の会」の12月例会に出講して、1時間ばかり話をしました。善照寺の「蓮華の会」は25年ほど前に、仏教婦人会とは別に、ご門徒の女性を中心に浄土真宗の教えや仏教に関心のある地域の女性からなる親睦団体です。毎月1回、月例会を開催する以外にも、年1回のバス旅行やサマーコンサートを催したり、あるいは落語会や法座などの裏方としてお手伝いしているということです。
 近年、過疎化による人口減少などの影響で、寺院活動が年々、活気がなくなりつつあるのが現状ですが、この「蓮華の会」は長年にわたって地道な活動を続けている、稀有な女性活動団体だと思います。何よりも、「蓮華の会」の発足自体がご門徒の若い女性の皆さんの発案によって25年前に結成されたこと、また会長さんを中心に会員の皆さんが自主的に活動計画を立て、実施されているというのが異色だと思います。
 私は6~7年前から毎年、12月の月例会に呼んでいただき、拙い話しをさせてもらっています。そのご縁で、会員の皆さんともたいへん親しくなり、ありがたいことに、毎回、ご法礼だけでなく、お土産まで頂戴しています。今回は今年2月、90才で逝去された石牟礼道子さんの『無常の使い』という短いエッセイを題材に、仏教の主要な思想の一つである無常について話しをさせていただきました。年末の月例会は親睦を兼ねた食事会が催されていますが、今回はお茶会ということで、下の写真のような会員さん手作りののシフォンケーキやプリン、くだものや紅茶などをご馳走になって、満腹になって帰途につきました。

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2018-12-16 : 山口県 :
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イギリスから墓参

 今日の午後、イギリスから来日された原本さん親子お二人が、納骨堂のお墓参りに来られました。イギリスのノーフォーク (Norfolk)の州都ノリッチ(Norwich)に住んでおられる原本光子さん(Mitsuko Haramoto Simpson)とロンドン在住で英国航空(British Airways)にお勤めのご子息リチャード・シンプソンさん(Richard Simpson)のお二人が來寺されたのはで3年ぶりです。原本さん親子にお会いするのは、今回で3度目です。
 以前お聞きしたところでは、原本さんは大阪で結婚後、数年してご主人の母国イギリスに渡る前に、ご両親の遺骨を収めるため納骨堂を購入されました。イギリスでの生活も50年以上になるそうですが、年を取るにつれて、祖国日本への望郷の念が強くなり、ご主人が数年前に亡くなられた後、一時は出身地の美祢に永住帰国を考えているというお話を以前、伺ったことがありました。ところが、その後、不幸にも乳がんに侵され、その治療に専念するため日本への永住帰国は断念せざるを得なかったということです。現在はノリッチで安穏に年金生活を送っておられるということです。
 原本さんは來寺される時は、必ずリチャードさんと一緒です。それには理由があって、自分の死後は両親と一緒のお墓に入りたいという願望があり、そのためにはリチャードさんに西音寺まで来る方法と納骨堂の場所をしっかりと教えておく必要があるからだということです。今回は私を交えて3人で、納骨に際しての事を話し合いました。イギリスでは日本と違って、火葬した遺骨は葬儀会社が粉骨するそうで、それを持参させるからということです。杖がないと歩くのが困難になり、今回の來寺がおそらく最後になるでしょうから、あとはよろしくお願いします、と言い残して帰られました。

納骨堂内:原本さんとご子息のリチャードさん
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納骨堂外
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庫裏玄関
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2018-11-19 : 西音寺 :
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深まる秋

 日毎に秋が深まって行き、モミジやイチョウの葉が色づきました。境内の大きなイチョウの樹は今春、すべての枝を切り落としたため、去年までのような黄金柱のごとく屹立した色づいた樹姿は今年は見られません。紅葉といえば、当地ではモミジですが、わが寺にも境内地や裏山に何本かのモミジがあります。
 その中で最も早く色づくのは、日当たりの良い納骨堂前のあるモミジです。しかし、紅葉した様子は、「美しいなあ」と感銘するほどの色づき具合ではありません。それに対し、裏山にある大きなモミジは日当たりの良い葉は真っ赤になっているのに、日陰になっている葉はまだ緑色のままか少し色づいた状態で、葉に濃淡があって、とても美しく感じられます。モミジにもいろんな種類があって、葉の形状だけでなく、紅葉も真っ赤になるものやオレンジ色になるものなどの違いが見られます。イチョウの黄葉もモミジの紅葉も散り落ちて、辺り一面が黄色や赤い絨毯を敷いたようになる風情も美しいものです。

  裏を見せ 表を見せて 散るもみじ (良寛)

納骨堂前のモミジ
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境内の裏山のモミジ
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2018-11-17 : 西音寺 :
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茶話会 (第25回)

 本日は久しぶりに茶話会を開催しました。今回は「ヨーガと健康について」というテーマで、ヨーガ療法士(セラピスト)の中嶋恵子さんにお話していただきました。ヨーガはもともとインドで生まれ、仏教にも取り入れられた、呼吸法を通じて心身を調御し、精神を統一する、座禅や瞑想と似た身体の修行法です。
 近年、ヨーガは健康の維持や増進するのにとても役立つということで、漢方や鍼灸などと同様に東洋医学の治療法の一つとして取り入れられています。現代はストレス社会といわれるように、メンタルヘルスのクリニックや診療科が増えつづけ、カウンセリングを受けたり、日常的に向精神薬を服用する人も少なくないようです。そうした精神的な病気だけでなく、ガン等の肉体的な病気も誘発するという説もあるストレスを軽減させるのにヨーガは有効だといわます。
 中嶋さんも10年前にインド人の神父さんからヨーガを習い始める以前はひどい肩こりに悩んでいたのが、嘘のように治ったことがヨーガを本格的に学ぶきっかけになったそうです。それ以来、ヨーガの実践法のみならず、日本ヨーガ療法学会のヨーガ療法士養成講座で学んで、療法士(セラピスト)の認定資格を取得し、現在は美祢市内でヨーガ教室を主宰されています。
 今日の茶話会は、上述のような中嶋さん自身の興味深い体験談を交えながら、不調な肉体や精神がヨーガ療法によって身体・心理・社会的立場など全人的な健やかさを取り戻すことが出来ることを話されました。お話しに続いて、椅子に座ったままで出来る簡単なヨーガのやり方の具体例をいくつか教えていただきました。特に心と体を結びつける呼吸法のやり方とその重要性が勉強になりました。今日の出席者は15人でした。蛇足ながら、「ヨーガ」という用語は、「ヨガ」と表記されることもありますが、インド語の“Yoga”は「ヨーガ」と長音で発音します。

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2018-11-07 : 西音寺 :
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