fc2ブログ
宝林廟 西音寺 麦川保育園 麦川地域などの情報を写真で紹介

秋の彼岸会法要

 今日は秋のお彼岸の中日ですから、彼岸会法要が勤められました。例年通り、まず午後0時半から寺の境内地にある納骨堂で勤行が勤められました。引き続いて、午後1時からは宝林廟で法要が行われました。天気予報は曇で、時折雨も降るかもしれないという予報だったので、屋外の宝林廟での法要が心配でした。実際、今にも雨が降りそうな曇り空で、勤行の途中でポツポツと雨を感じました。このまま降り出したら大変と思いましたが、なんとか降らないまま最後の写真撮影が無事終わったのでホットしました。
 今日は遠くは周南市から小さなお子さんと一緒に3世代の家族連れでお参りされた方、下関市、山陽小野田市、美祢市から3姉妹でお参りされた方、山口市からいつもお参りされる方など遠近各地から19人の参拝者でした。1時半からは本堂で法座が開かれました。宝林廟の法要に引き続いて、8人の方が本堂にも参拝され、法話を聴聞されました。こうして、雨も降ることなく、3時半に今日の行事が終わりました。

DSC04635.jpg

DSC04609.jpg

DSC04614.jpg

DSC04612.jpg

DSC04619.jpg

DSC04624.jpg

DSC04620.jpg

DSC04616.jpg
2022-09-23 : 宝林廟 :
Pagetop

ヒマラヤスギの倒木(宝林廟)

 宝林廟の境内地は谷水が流れる水路を挟んで2か所に分かれていて、廟がある境内地と、水路の橋を渡って一段高い所に、周辺が見渡せて眺めの良い展望台との2か所に分かれています。先日、19日に山口県を通過した台風14号は当地の雨量は心配したほど多くなかったのですが、風はかなり強く吹き荒れました。その影響で、展望台に立っていたヒマラヤスギが根こそぎ倒れてしまいました。
 町内の人によれば、いつも自宅から見えていたヒマラヤスギが、19日の昼ごろに見えなくなったので、おそらくその頃に倒木したのではないかという話でした。ヒマラヤスギは倒れた方向が広い空き地のある山手だったので幸いしました。もし、反対側の方向に倒れていたら、大変な事態になるところでした。
 このヒマラヤスギは今から81年前の昭和16年(1941年)、当時としては超モダンな2階建ての山陽無煙鉱業所本部事務所が建てられ、その玄関前の両側に2本のヒマラヤスギが植樹されたといわれます。樹齢は80年以上になる大木です。当初2本植樹されたヒマラヤスギのうち、1本は5年前に立ち枯れてしまったので、宝林廟周辺の大木を伐採してもらった時(2017年11月4日)、一緒に切ってもらいました。この度の台風で、残っていた1本が倒木したので、かつて地域の無煙炭産業を担った山陽無煙鉱業所を偲ぶよすがのヒマラヤスギはなくなってしまいました。

DSC04588.jpg

DSC04591.jpg

DSC04597.jpg

DSC04603.jpg

2017年11月4日に左側の立ち枯れたヒマラヤスギを伐採する前日の風景(2017年11月3日撮影)
P1240076_2022092219140393f.jpg

枯れ木を伐採したあと、1本だけ残ったヒマラヤスギ(2017年11月27日撮影)
P1240853.jpg
2022-09-22 : 宝林廟境内 :
Pagetop

新聞記事「美祢線100年、催し様々」

 2017年(平成29)9月26日付けの本ブログで、JR西日本が1997年(平成9)3月31日に刊行した『さよなら大嶺線』のパンフレットを紹介しました。それによれば、山陽鉄道株式会社は明治38年(1905)9月に厚狭駅と大嶺駅との間に鉄道を敷設して営業開始しました(後に大嶺線と呼ばれる)。これが美祢線の始まりです。この後、大嶺線の南大嶺駅から鉄道が延伸され、長門市の正明市駅(現在の長門市駅)まで開通するのは1924年(大正13)のことです。
 今日の『朝日新聞』の山口県版に、再来年の2024年(令和6)3月に美祢線全線開通100周年を迎えるので、そのプレイベントの一つとして市内の小・中・高校生約20人が作成した巨大アートパネルが完成し、その披露セレモニーが美祢駅行われたという記事が掲載されました。記事の詳細は下記を見てください。

『朝日新聞』 2022年9月15日付、山口県版
9月15日県内版
(上掲記事の本文を以下に転載)

 JR美祢線が2024年3月に全線開通100周年を迎えるのを機に、路線を盛り上げるための巨大アートパネルが美祢駅にお目見えした。美祢市出身で国内外で活躍する切り絵画家、久保修さんの作品を再現したもの。同市の約20人の小中高校生が描いた。
 久保さんの「ラッピング列車とアーチ橋」は、美祢駅と重安駅の間にあるアーチ橋の下をくぐり抜ける列車が描かれている。2018年に配布された美祢線カードのデザインになり、19年の美祢市制施行10周年を記念した切手にも採用された。
 同市内の地域住民らでつくる教育支援組織「ゆめみねット協議会」がパネルの制作を企画。大きさは縦1.8メートル、横約2.7メートルで、夏休み中に6日ほどかけて作った。12日、美祢駅で完成セレモニーがあり、制作した児童・生徒やJR西日本の関係者らが参加した。
 大嶺小学校6年の園田にこさん(11)は「たくさんの人に見てもらって美祢の街がもっと元気になったらうれしい」と話していた。
 篠田洋司市長はあいさつで「地方ローカル線は美祢線に限らず非常に厳しい状況にあるが、通勤、通学、通院といった生活や観光に利用され、地域の歴史が詰まっている。この路線を守っていかなければならないと、アート作品のプロジェクトを通じて感じた」と話した。(大藤道矢)
2022-09-15 : 新聞・書籍・TV :
Pagetop

新聞記事「更生めざし、小グループ制度」

 本日の『朝日新聞』山口県版に美祢市豊田前町にある「美祢社会復帰促進センター」という刑務所が記事になっていたので紹介します。本センターは平成19年(2007年)に開所された、日本で最初のPFI方式による半官半民の刑務所です。
 この復帰センターは罪の軽い初犯者だけを収容して、刑期を終えて出所にしたあと一般社会で役立つように職業訓練を施すため、刑務所という名称ではなく、社会復帰促進センターという施設名が付けられています。現在、収容定員は男性受刑者が500人、女性が800人の合計1300人ですが、現在の収容者数は定員をかなり下回っているようです。これに関しては、3年前の新聞記事を本ブログで取り上げましたので参照してください。
 今回の新聞記事は、26歳未満の若年女性の受刑者を小さなグループに分けて、出所後の社会生活に必要な生活習慣、生活技術、対人コミュニケーション能力などを習得するための教育的なプログラムを実施して、就労を支援する取り組みが始まったという内容です。

『朝日新聞』 2022年9月14日付山口県版
9月14日県内版
(上掲記事の本文を以下に転載)
 
 美祢市の官民協働の刑務所「美祢社会復帰促進センター」で、若年女性の受刑者を小さなグループに分けた「ユニット」で教育的なプログラムを実施する取り組みが始まった。個々に応じたきめ細かな処遇によって、早期の更生や円滑な社会復帰をめざす。
 この「若年受刑者ユニット」の開設式が9日にあり、市川真由美センター長が「社会生活に必要な生活習慣、生活技術、対人コミュニケーション能力などを習得するための指導を行います」とあいさつ。センター生の代表は「今後の人生をより良くしていくために、社会復帰をめざして忍耐力、協調性などを習得できるように一生懸命努力します」と決意を述べた。
 26歳未満の女性受刑者17人が二つのユニットに分かれて共同生活を行い、生活技術の習得や就労支援に取り組む。受刑者に対して教育専門官と刑務官らが個別担任として付き、生活、対人、教育などの面から、時間をかけて指導する。
 対人面のプログラムの一つが、話し手の受刑者、聞き手の職員に加えて、他の職員が観察者となる「リフレクティング面接」。自分の発言が他者にどう捉えられているかを客観的に把握してもらう手法という。
 社会適応に必要な知識や人間関係を考えるためのグループワークや意見交換を重ねて、再犯防止も図っていく。(大藤道矢)
2022-09-14 : 新聞・書籍・TV :
Pagetop

新聞記事「シダの葉化石に虫食い跡」

 今日の『朝日新聞』県内版に、「美祢市歴史民俗資料館」に展示してあるシダの葉の化石に、「潜葉痕(せんようこん)」という、昆虫の幼虫が葉の内部をトンネルを掘るように食べた痕跡が見れることが発見されたという記事が掲載されていました。
 本市は化石の町として専門家の間ではよく知られているそうで、「歴史民俗資料館」のすぐそばにある「美祢市化石館」には、「市内から産出されたいろいろな化石の中でも、特に、一般の方々や子供達が興味・関心を持つ「脊椎動物」「アンモナイト」「昆虫」の3つに関して展示」されているということです。
 4年前の本ブログで、2億年以上前に生息していたとされる陸上脊椎動物「ディキノドン類」の化石が、国内で初めて発見されたという新聞記事を紹介しました。今回の東アジア最古の潜葉痕化石の発見によって、ますます本市が「化石の町」として有名になればと思います。

『朝日新聞』 令和4年(2022年) 9月1日付 山口県版
朝日新聞2022 9 1
(上掲記事の本文を以下に転載)

 美祢市の市歴史民俗資料館で、昆虫の幼虫が葉を食べた「潜葉痕(せんようこん)」の化石が公開されている。同館で20年ほど展示されていたシダ類の化石の中に発見され、東アジア最古の潜葉痕化石という。
 「潜葉」は、昆虫の幼虫が葉の内部をトンネルを掘るように食べ進んで成長する行動のこと。2020年10月、潜葉痕の調査で同館を訪れた愛媛大大学院理工学研究科の今田弓女助教(33)=進化生態学=が、約2億3千万年前のシダ類の葉の化石に黒い線があることに気づき、発見に至った。今年3月に科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に論文を掲載した。
 幼虫が葉を食べた後に残したふんの跡や潜葉痕の形などから、小形の蛾か甲虫類による跡とみられるという。今田助教は「植物を食べる昆虫の行動起源や進化を解明する上で、学術的に重要」と説明する。
 この化石は、美祢市にある後期三畳紀(約2億3千万年前)の「桃ノ木層」の地層にあった。国道工事の調査で同館特別専門員の高橋文雄さん(66)が発掘し、約20年前から同館で公開されていたものだった。高橋さんは「植物の化石として見ていたので、昆虫の跡への着眼は思ってもみなかった。化石において、植物と動物の関わりを複合的に考える重要性を知った」と話す。
 美祢の地層から、アンモナイトや二枚貝、シダ類などの多くの化石が見つかっており、同館に約10万点が保管、展示されている。高橋さんは「美祢が世界的にも貴重な化石の産地ということを知ってほしい」と話す。
 潜葉痕の化石は10月2日まで展示される。月曜休館。入館料は大人100円、小中学生50円。問い合わせは同館(0837・53・0189)。(大藤道矢)
2022-09-01 : 新聞・書籍・TV :
Pagetop

盆供養(宝林廟)

 今日は恒例のお盆の行事が行われました。まず、午後0時半から寺の境内にある納骨堂で、そのあと午後1時から小高い場所にある宝林廟でそれぞれお盆の読経を勤めました。今回から納骨堂での読経は約9年間、開教使として勤務していたハワイ島の寺から長男夫婦が今年5月に帰国したので勤めてもらいました。そのため時間の余裕ができた私は早めに宝林廟に上がって、参拝者の皆さんと雑談することができたのは良かったです。
 今日は曇り空で時折、雨が降ったり止んだりの天気だったので、宝林廟の供養は現地で行われるのか、という問い合わせがあったほど、空模様は不安でした。降雨の場合は本堂で行えるよう準備だけはしていたが、現地で勤められそうだったので、定刻に読経を始めました。2年前のお盆から真夏の直射日光を避けるため、2張りのテントを設置しているので、参拝者の皆さんはテントの下で一緒に読経をしました。読経のあとのお焼香の時は小雨がちらついていたが、写真撮影の時は止んで無事、現地での法要はすませることができました。参拝者はちょうど20人でした。
 そして1時半から本堂ではなく、エアコン設備のある門徒会館で「盆法座」が開催されました。「盆法座」は麦川校区の「友輝会」という老人クラブの会員物故者の追悼会も兼ねて行われました。法話は拙いながら、私が勤めました。コロナ禍の続く今年もこのようにお盆の行事が無事終わりました。

DSC04513.jpg

DSC04507.jpg
2022-08-16 : 宝林廟 :
Pagetop

今日の花 (朝顔)

 最近、全国的にコロナ感染者が激増して、第7波に入ったといわれています。当市も以前より感染者が多数出ていることに加えて、毎日猛暑が続いているため、極力外出を控えています。でも、8月は盆参りが予定されているため、そうは言っておれません。
 本ブログも取り上げる話題がないため、今日は朝6時の梵鐘を撞くころに咲いている朝顔を撮りました。朝顔は連れ合いが昨年の花から採取した種をプランターで育てています。種をまく時期が遅かったため、最近ようやく濃い青の花が咲き始めました。これから他の色も咲き始めるのではないかと思っています。

DSC04494.jpg

DSC04491.jpg

DSC04489.jpg
2022-07-28 : 西音寺 :
Pagetop

宝林廟のアジサイ

 宝林廟の境内地にはヤマアジサイや西洋アジサイなど多数のアジサイが育てられています。見頃は6月下旬ですが、少し時期が過ぎた今日、写真を撮って来ました。今から12年前に宝林廟が建立されたあと、町内の方がボランティアで少しずつアジサイを植栽されたので、年々色とりどりのアジサイが増えていきました。
 アジサイが植えられている周辺には、鹿の食害を防ぐために鹿よけネットが張り巡らされています。宝林廟が周囲を山に囲まれているため猿やイノシシも出てきますが、最も困るのが鹿です。鹿が食べる植物は決まっていますが、アジサイもその一つです。町内の方がいろいろ工夫されて、鹿対策をされていますが、鹿の食害を防ぐにはネットを張るしかないようです。
 アジサイは花を見て楽しむだけではなく、仏さまにお供えする仏花としても、大変重宝しています。アジサイは水揚げしなければ、すぐに枯れてしまうので、宝林廟からアジサイを採って来て、一晩水につけてからお供えします。涼しけな花は今の時期に爽やかな雰囲気を醸し出します。

DSC04479.jpg

DSC04476.jpg

DSC04454.jpg

DSC04478.jpg

DSC04473.jpg

DSC04471.jpg

DSC04455.jpg
2022-07-07 : 宝林廟境内 :
Pagetop

アジサイの寄贈 (宝林廟)

 アジサイ(紫陽花)の季節になりました。宝林廟は境内地に春の桜とならんでアジサイが多種多様に植栽されているので、梅雨時の今ごろは見頃になります。先日、ご夫婦で宝林廟を生前予約されているご門徒さんが花の咲いたアジサイを8鉢ほど宝林廟に移植してくださいと持って来られました。きれいな花が咲いているので、花の終わったあとに宝林廟に移植するつもりです。今しばらくの間は寺の庫裏のそばに置いて鑑賞しようと思います。
 寄贈されたアジサイはそれぞれ品種が異なり、舞姫、ブルームアジサイ、マリー・アントワネット、グリーン(ピンク)、秋色スパイク、紅赤という品種名の名札が付けられていました。

DSC04409.jpg

DSC04411.jpg

DSC04413.jpg

DSC04415.jpg

DSC04418.jpg

DSC04419.jpg

DSC04422.jpg

DSC04424.jpg
2022-06-20 : 宝林廟境内 :
Pagetop

迷子の子鹿

 小雨の降っている今日の午後、外で動物の鳴き声がしているので、家から出てみると、麦川保育園の建物のそばに1匹の子鹿がたたずんでいました。おそらく親とはぐれて裏山から迷いおりて来たものでしょう。寺の建物の背後に山が接しているので、鹿、猿、イノシシなどの野生動物が生息しているが、昼間に鹿を見ることは、めったにありません。
 子鹿は少し衰弱しているのか、近づいても逃げるそぶりは見せないで、建物のそばやプランターのあたりをうろうろしていました。ほっておけば、そのうち山に戻るだろうと思って写真だけ撮りました。はたして、いつの間にかいなくなりました。無事、母鹿と再会できたでしょうか。

P1300428.jpg

P1300429.jpg

P1300437.jpg

P1300451.jpg

P1300447.jpg
2022-06-11 : 麦川保育園 :
Pagetop

イモの苗植え(麦川保育園)

 今日は麦川保育園の年間行事の一つであるイモの苗植えが年長さんによって行われました。保育園のイモ畑は園から遠く離れた場所にあるので、園児さんは先生と一緒に、行きは路線バスに、帰りはジャンボタクシーに乗って往復しました。バスを降りて、歩いてイモ畑に向かう途中にさくら公園があり、その一角にいろんな遊具を設置して、子どもたちが自由に遊べる場所があるので、園児さんもしばらくそこで遊びました。
 遊んだあとに、ようやくイモ畑に到着し、服を着替えて長靴を履き、手袋をはめて準備が整いました。イモの苗植えは全員初めての体験ですから、まず先生から植え方を教えていただいて、そのあと各自がそれぞれ苗を植えました。畝は全部で4畝ありますが、園児さんは1畝だけを担当し、残りは先生が植えました。
 苗植えが終わったあと、しばらく休憩し、給食の時間に間に合うように、全員ジャンボタクシーに乗って園に帰りました。今度、園児さんが芋畑に来るのは、10月下旬に予定されている保護者の皆さんとのイモ掘りの時です。それまでイモ畑が動物に荒らされないで、イモが大きく育ってくれるよう願っています。

IMG_1896.jpg

IMG_1938.jpg

IMG_1906.jpg

DSC04374.jpg

IMG_1956.jpg

DSC04380.jpg

IMG_1959.jpg

IMG_1964.jpg
2022-05-31 : 麦川保育園 :
Pagetop

子供花まつり

 今日は麦川保育園の「子供花まつり」を寺の本堂で開催しました。5月にはお釈迦さまの誕生をお祝いする「花まつり」と親鸞聖人の誕生をお祝いする「降誕会」の法要を土・日の二日間に毎年の恒例行事として開催しておりました。だが、ここ2年間はコロナ禍のため、一昨年は一切の法要を中止し、昨年は「降誕会」のみを開催しました。今年も明後日に「降誕会」のみを開催しますが、保育園との共催の「花まつり」法要は中止して、園児さんだけの「子供花まつり」を昨年と同様に行いました。
 全員が本堂に集合して、まず式典の準備をしました。先生を含む全員が念珠と式章をして、年長さんはガウンを着用しました。準備が整ったので、開式のことばのあと、『らいはいのうた』のお勤めをしました。引き続いて、園児さんの代表が花まつりをお祝いすることばを述べました。そのあと、「ほとけさま」「ねんぶつ」の歌をうたい、再び園児さんの代表が「誓のことば」を述べ、「子ども花まつり」「花まつり行進曲」の踊りをおどりました。一連の式典の最後に、園児さん全員がお釈迦さまの像に甘茶をかけ、記念写真を撮影して終了しました。
 「三つ子の魂百まで」ということわざがありますが、「仏(ほとけ)の子どもを育てる」をモットーにしている保育園ですから、園児さんが礼儀正しく、やさしいこころを育む一貫として、子ども花まつりを開催しています。
 
一同合掌・礼拝して式典開始
DSC04302.jpg

花まつりのお祝いのことば
DSC04297.jpg

誓いのことば
DSC04307.jpg

花まつりの踊り
DSC04319.jpg

灌仏(お釈迦さまに甘茶をかける)
DSC04342.jpg

記念写真
DSC04330.jpg

内陣のお荘厳
DSC04290.jpg
2022-05-13 : 麦川保育園 :
Pagetop

新緑の宝林廟

 萌出ずる新緑の季節になりました。周囲を緑豊かな山に包まれた宝林廟は桜やアジサイの若葉の香りに満ちあふれ、みずみずしい新鮮さが感じられます。木立の間からはいろんな鳥のさえずりが聞こえてきて、とても心地よいものです。
 今年は境内地に多くの桜を植えました。というのも、宝林廟建立以来、お付き合いのある九州田主丸の篠原園芸場さんが3年ぶりに山口市で開催された植木市に出店されたということで、ソメイヨシノの苗木12本と枝垂れ桜のベニシダレザクラ2本、雨情枝垂れ1本を購入して植樹しました。
 ソメイヨシノはてんぐ巣病にかかりやすいので、本当は植えたくなかったのですが、毎年、満開のソメイヨシノを見るたびに、その美しさに魅了されて、このたび初めて苗木を植えました。以前のブログにも書いたように、今から40数年前、炭鉱閉山後に荒れ果てていた高事務所跡地(当時の呼称で、現在の宝林廟境内地)に町内の方々が植えたソメイヨシノがありますが、ソメイヨシノの樹齢が長くないともいわれているので、将来のためにと思った次第です。今年は植えたばかりなので、花の咲く来春に紹介します。
 今回植えた枝垂れ桜は若木ですから、鹿に枝を折られたり、葉を食べられるような心配はないのですが、ソメイヨシノは苗木が小さいので、町内の方にお願いして鹿よけネットを張り巡らしてもらいました。宝林廟には猿やイノシシも出没しますが、最も困っているのが鹿です。数年前からあちこちに鹿よけネットが張り巡らされているので、被害も少なくなりましたが、それでも油断できません。夜になると、どこからともなく現れ出ているようです。鹿との共存もなかなか大変です。

DSC04243.jpg

DSC04255.jpg

DSC04241.jpg

DSC04240.jpg

DSC04261.jpg

DSC04267.jpg
2022-05-10 : 宝林廟境内 :
Pagetop

宝林廟の花壇

 宝林廟にはあちこちに花壇が作られており、町内の方のお世話によって季節の草花が育てられています。桜が散ってしまった今の時期は花壇の草花が花開いて、心をなごませてくれます。宝林廟の参道を車で上がると、花を楽しむ余裕はありませんが、参道の入り口に車を置いて、ゆっくり歩きながら上がって行けば、いろんな草花に気づかれることでしょう。

シャクナゲ
DSC04190.jpg

ボタン
DSC04177.jpg

ペチコートスイセン
DSC04128.jpg

スズランスイセン
DSC04158.jpg

キズイセン
DSC04137.jpg

ラッパスイセン
DSC04174.jpg
2022-04-15 : 宝林廟境内 :
Pagetop

仙台屋桜が満開 (宝林廟)

 今から4年前の平成30年(2018)春、植木屋さんから珍しい桜と勧められて宝林廟に植樹した仙台屋桜(センダイヤさくら)が満開になりました。昨年始めてこの桜を本ブログで紹介しました。今回この桜のことを改めてネット上で調べてみたところ、高知市広報『あかるいまち』(2004年4月号)の「高知市歴史散歩ー仙台屋桜ー」に、次のような記事が掲載されているようです。以下に引用します。
 「園芸家・武井近三郎氏が『牧野富太郎博士からの手紙』(高知新聞社刊)の中で、「佐伯さんという人が仙台から移住してきて、中須賀で仙台屋という屋号で商売を始めたのですが、その屋敷の庭へ移植した桜です。花の色が濃くて美しく、開花時期には藩主山内家に差し上げたと言われています。近くの住民が花が美しいので〈仙台屋の桜〉と名付け」たとの由来を述べている。この桜は、「佐伯さん」の郷里・宮城県のベニヤマザクラだろうとされている。」
 と由来が説明されています。宝林廟の仙台屋桜は山桜の系統であるため、薄紅色の花とともに赤っぽい葉も芽吹いています。花が咲くのと同じころに葉が出るのは若木のせいであって、将来大きく生長すれば、花のあとに葉が出るともいわれています。ともあれ、宝林廟の桜の中では最も遅れて満開になりました。

DSC04071.jpg

DSC04081.jpg

DSC04085.jpg

DSC04092.jpg

DSC04106.jpg
2022-04-08 : 宝林廟境内 :
Pagetop
ホーム  次のページ »

プロフィール


浄土真宗本願寺派 西音寺 住職  
住所:山口県美祢市大嶺町奥分2058
電話 0837-52-0415

カレンダー

09 | 2022/10 | 11
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

お知らせ

宗旨、宗派を問わず、どなたでも納骨できる宝林廟の納骨方法や納骨費用など、詳細は上記のメニューバーをご覧になるか、お電話(0837-52-0415)をください。パンフレットをご希望の方は下のメールフォームからご連絡ください。

メールフォーム

名前:
メール アドレス:
件名:
本文:

月別アーカイブ