FC2ブログ
宝林廟 西音寺 麦川保育園 麦川地域などの情報を写真で紹介

麦川保育園のイモ植え

梅雨の合間の晴れの今日は保育園のイモの苗植えがありました。あらかじめイモ畑を鋤いて畝立てが終わっていたので、すでに畝にマルチも掛け終わっていたのですが、先日の強風でマルチが全部吹き飛ばされてしまいました。
今朝は園児がイモ畑に到着する前に、再度マルチ掛けの仕事から始めました。そうこうしているうちに、年長組の園児10人と付き添いの先生がイモ畑に到着しました。
さっそく10人の園児はイモ植えの用意をして畝の前に横一列にならび、苗の植え方を習いました。園児の誰もが初めてのことですから教えられたようにはなかなか苗を植えることが出来ませんが、三畝ほどなんとか植えました。苗植えが終わったあとはお茶とお菓子を食べて休憩して、タクシーに乗って園に戻りました。秋にはイモ堀りにまた来る予定です。

P1030946.jpg

P1030950.jpg

P1030957.jpg

P1030960.jpg

P1030968.jpg

2013-05-31 : 麦川保育園 :
Pagetop

新聞記事

昨日の「朝日新聞」に興味深い記事がありましたので紹介します。
記事の見出しは「違う宗派で葬儀、提訴」とあり、提訴の理由は次のようです。
福岡市で闘病生活をしている男性の母親は、もし息子が亡くなったら、浄土真宗本願寺派の葬儀を営みたいと昨年から葬儀社に伝えていた。今年4月に男性が亡くなり、その当日も遺族は本願寺派の葬儀を依頼した。にもかかわらず、通夜、葬儀が終わったあとに、それを執り行った僧侶が要望した浄土真宗ではなく、真言宗の僧侶であったことがわかったという。
葬儀社が遺族から伝えられていた意向と違う宗派の僧侶に依頼して通夜・葬儀を行ったことで、遺族は精神的な損害を受けたとして慰謝料を求めて葬儀社を訴えたということです。
このようなトラブルが全国的に続発していて、その一因が菩提寺がないためと同記事は伝えています。一般に菩提寺を持たない人が亡くなった場合、葬儀社に僧侶の依頼を委ねることが、都会ではとくに多いようです。それを見込んだ葬儀社があらゆる宗派の中から希望する宗派の僧侶を呼んで葬儀が出来ますと宣伝しているのを見かけます。
葬儀は本来、僧侶が全体を取り仕切るものであったのに、昨今は葬儀社が葬儀全般を取り仕切り、僧侶まで葬儀社の指示に従うような始末です。葬儀会館での葬儀がほとんどの都会ではとくにその傾向が強いようです。
昨日の新聞記事以外にも葬儀に関する問題はいろいろあります。今後は本ブログにおいてもそれらを取り上げていきたいと思います。本ブログをご覧になった方で、葬儀に関する疑問や質問があれば、ブログのメールフォームからご連絡ください。出来る限りのお答えをします。匿名も可です。
Page1_convert_20130530235209.jpg
2013-05-30 : 新聞・書籍・TV :
Pagetop

大嶺二中の同級会

今日は中学校(大嶺第二中学)の同級生と一緒に下関市に行きました。山口・小郡在住の4人と美祢在住の2人が車で下関に向かい、下関彦島に住む同級生と「唐戸市場」で落ち合いました。「唐戸市場」はフグをはじめとしてタイやハマチなどいろんな魚介類の市場として有名です。そこの二階にある回転寿司屋は新鮮な市場のネタを使って美味しいということでみんなで昼食をしました。そのあと、下関駅の近くにある、同級生なじみのスナック「三楽」へ移動して久しぶりの同級会を始めました。私たち同級生7人と共通の知人で元高校教諭のMさんも参加して旧交を温めました。
私たちの学年は2年ごとに同級会を開いていて、今秋も同級会が予定されているため、その下相談やお互いの近況などを話しながら、それぞれがカラオケで歌って大いに盛り上がりました。男女関係なく、気の置けない「俺・お前」の仲の同級生と久しぶりに会うのは楽しいものです。
写真一番下の「桃用漢字(とうようかんじ)」はスナックに貼ってあった戯れ遊びの漢字です。誰が考えたものか分かりませんが、初めて見ました。


唐戸市場
P1030923_convert_20130528225059.jpg

スナック「三楽」
P1030929_convert_20130528225143.jpg

スナックの店主
P1030943_convert_20130528225248.jpg

桃用漢字(とうようかんじ)
P1030933_convert_20130528225244.jpg
2013-05-28 : 山口県 :
Pagetop

在りし日の大嶺駅

前日に続いて、在りし日の大嶺駅の記録写真を掲載します。下の写真は平成9年(1997)3月に前田幸恵様(上麦川)が廃線になる直前にご自身が大嶺駅周辺を撮影されたものです。今月末を最後に再びこの駅舎が使われなくなるかと思うと、名残惜しくてカメラに収められたそうです。思うに、廃れゆくもの、滅びゆくものへの愛惜の気持ちは誰しもあるのではないでしょうか。
仏教に「諸行無常」の教えがあります。この世に存在するあらゆるものは、移ろいゆき、いずれ消えてゆく、と。形あるものは必ず滅してしまう、という思いを持てば、またちがう価値観が持てるのではないでしょうか。

大嶺駅外観(1)
大嶺駅1

外観(2)
大嶺駅6

外観(3)
大嶺駅4

大嶺駅入り口、カウンターが見える場所はかつての切符売り場
大嶺駅5

改札口
大嶺駅

駅プラットホーム
大嶺駅2

プラットホームから列車進行方向をのぞむ
大嶺駅3
2013-05-25 : 麦川地区 :
Pagetop

大嶺線最後の日

5月21日付の本ブログ「大嶺駅跡」で述べたように、平成9年(1997)3月31日の大嶺線運行最後の日には「さよなら美祢線・南大嶺~大嶺間」というイベントが行われ、大嶺線の廃線を惜しむ多くの人々で終日にぎわいました。地元の人だけでなく、各地から集まった鉄道ファンが両駅や鉄道沿線でカメラを構えて最後の姿を撮っていました。
 今日を最後にもう二度とこの列車、それが走る情景が見られないとわかっているならば、惜別の情にかられて、何としてもその姿を心にとどめておきたい、カメラに撮って残しておきたいという心情は誰しも持っているでしょう。
 そこで私は思います。自分のいのちも今日が最後とわかっているならば、精一杯悔いのない一日を過ごすでしょうが、明日があると思っているから怠惰な今日を過ごしてしまうのだということを。

 下の写真は前田幸恵様(上麦川)からお借りしたものです。大嶺線最後の日に撮られたものです。「さよなら美祢線・南大嶺~大嶺間」という看板が掲げられていますが、地元の私にすれば、南大嶺ー大嶺間は「大嶺線」と言い習わしていたので、「さよなら大嶺線」と書いてほしかったですね。

大嶺駅前
大嶺駅

大嶺駅前
大嶺駅(1)

大嶺駅から出発する前の列車
大嶺駅(3)

大嶺駅から出発したとき
大嶺駅(2)

大嶺線廃線 記念乗車券
2013年05月25日08時20分08秒_convert_20130525135107
2013-05-24 : 麦川地区 :
Pagetop

大嶺駅跡

麦川の大嶺郵便局の前に「大嶺駅跡」と刻まれた1本の石柱が立っています。大嶺駅は美祢線の南大嶺駅から1駅だけの大嶺線(2.8Km)の終着駅でした。この支線が廃止され、大嶺駅も廃駅になったのは、今から16年前の平成9年(1997)4月1日のことです。
歴史をさかのぼれば、大嶺駅は明治38年(1905年)9月13日、山陽鉄道の駅として始まり、翌明治39年に山陽鉄道が国有化されて国鉄になったといわれます。この山間部に鉄道が敷設されたのは、明治37年(1904)に海軍省によって買収された炭鉱の石炭を輸送するためでした。
爾来、91年あまり主要な交通機関として地域の発展を支えて来ました。しかし炭鉱閉山後、年々進行する過疎化とマイカー利用とが相まって、大嶺線を利用する人も少なくなり、廃線のやむなきに至りました。
廃線前日の平成9年3月31日に「さよなら大嶺線(南大嶺ー大嶺)」というイベントが開催されました。大嶺線最後の運行日とあって全国各地から多くの乗客と鉄道ファンが集まって廃線を惜しみました。当日の大嶺線最後の様子はユーチューブ(You Tubu)に動画が配信されています。

ここに大嶺駅があったことを示す石柱
P1030880_convert_20130521145255.jpg

かつての大嶺駅(加藤リヨコ様の提供)
大嶺駅2013年05月21日_convert_20130521162319
2013-05-21 : 麦川地区 :
Pagetop

小さな山火事

今朝、8時ころ消防車のサイレンの音がけたたましく鳴って次第に我が家の方へ近づいて来るのに気づきました。どこで火事が出たのだろうかと思って外に出て見ると、近くの山から煙が立ち昇っていました。これは行って見なくては、と生来の野次馬根性でカメラを持って、歩いて5分くらいの現場に行きました。消防車数台やパトカーなどで物々しかったですが、たいしたこともなく鎮火して安心しました。原因は野焼きしていた火が山の枯れ草に燃え移ったようです。

P1030845_convert_20130517212850.jpg

P1030848_convert_20130517213101.jpg

P1030856_convert_20130517213340.jpg

P1030860_convert_20130517213342.jpg
2013-05-17 : 麦川地区 :
Pagetop

オクラレルカ

宝林廟の参道脇にいろんな草花や花木が植えられています。昨年、アヤメと紹介した花が今年も咲いて見頃になったので撮りました。家で連れ合いに「今年も宝林廟のアヤメが咲いたよ」と話すと、あれはアヤメではなく、オクラレルカという洋花だというではないですか。てっきりアヤメと思っていましたので、さっそくネットでアヤメとオクラレルカの違いを調べましたが、和花と洋花の違いくらいしかわかりません。いずれにしても、剣のように細く鋭い葉の先に群青色の花が人目を引くように参道脇に三ヵ所咲いています。

P1030838_convert_20130515212308.jpg

P1030836_convert_20130515213454.jpg

P1030834_convert_20130515213358.jpg

P1030841_convert_20130515212320.jpg
2013-05-15 : 宝林廟境内 :
Pagetop

ふるさとは遠きにありて

昨日、福岡県飯塚市在住のH氏からお電話をいただきました。お話をうかがったところ、一昨日、西音寺「降誕会」法要のあった日曜日、車で飯塚市から友人といっしょに麦川に遊びに来られたということです。
彼はかつて当地の平原(地区名)にあった山陽無煙鉱業所の職員社宅に住んでおられ、麦川小学校を卒業して、大嶺第二中学一年に在学中に、九州へ転校されたそうです。それはご家族のお仕事の関係だったのでしょう。それ以後、どのように過ごされたかは伺っていません。
そして彼が定年退職して仕事の第一線を退かれた頃からでしょうが、かつて少年期を過ごされた昔の麦川地域のことがなつかしくなり、ここ数年は年に一度は飯塚から車で当地に来られて、いろんな思い出のあるところを訪ね歩いているということでした。
一昨日、彼が寺の前を通ったとき、寺で何か行われているということで車を停めて、寺の境内に入られたそうです。当日は「降誕会」法要で寺の内外は多くの人でにぎわっていました。もし法要の日でなかったならば、彼と私は半世紀ぶりにお会いしてお話することが出来たでしょうが、私があたふたしていたため声をかけなかったそうです。なんと彼は50年以上も昔に同じ学校で学んだ同級生でした。
私自身も40年近く故郷を離れていて、昔の面影がすっかりなくなってしまった過疎地に帰郷して寺の仕事をしております。今でもまざまざと心に思い浮かぶのは、当地域が無煙炭産業でにぎわっていた少年のころのことです。周囲を圧倒する真っ黒いボタ山がそびえ立ち、麦川川は墨を流したような真っ黒い川の水が流れ、今は廃線となった大嶺線を蒸気機関車が走り、商店の立ち並ぶ麦川の町は多くの人通りで栄えていました。おそらく彼もなつかしいふるさとに帰る気持ちで毎年、昔の思い出の地を訪ねておられるのでしょう。
今回は残念ながらお会い出来ませんでしたが、今年開かれる予定の同窓会でお会いしましょうと約束して電話を切りました。

下の写真は最近、嶋村ミネ子様(平原坂在住)からお借りした写真です。今年亡くなられたご主人が炭鉱で働いておられた頃に撮られたものです。いずれ本ブログで、大嶺炭田が操業していた時代の炭鉱、地域、寺、保育園など昭和45年ころまでの写真を収集して公開しようと計画しており、現在いろんな人に声をかけて写真を集め始めたところです。

今は無きボタ山の雄姿
2013年04月27日22時08分13秒_convert_20130515093613

下の三枚はボタ山の姿が変わっていく様子を撮ったもの
2013年04月27日21時59分50秒_convert_20130515093456

写真左側のボタ山の姿が変わる様子が上下の写真と比較するとわかります
2013年04月27日22時07分09秒_convert_20130515093530

2013年04月27日21時54分53秒2_convert_20130515092700
2013-05-14 : 県外 :
Pagetop

初夏の西音寺

「花まつり・降誕会」の大きな法要行事が無事終わって一息ついています。今日も少し汗ばむような良い天気になりました。寺の境内は昨日の喧噪が嘘のように静まりかえり、青々と若葉を繁らしたイチョウの大木やその手前にある、昨年7月に移植したスイリュウヒバ、また玄関式台の真ん前にある太いマキの木などが狭い寺の境内で存在感を示しています。

P1030573_convert_20130513163232.jpg

P1030567_convert_20130513162548.jpg

P1030570_convert_20130513162754.jpg

P1030561_convert_20130513162831.jpg
2013-05-13 : 西音寺 :
Pagetop

降誕会

昨日に引き続いて、今日は親鸞聖人の誕生をお祝いする「降誕会」法要が行われました。毎年、「降誕会」の時は法要が始まる前に、「初参式」と「新入学のお祝い」の行事が行われます。
「初参式」は赤ちゃんが初めてお寺にお参りして、ご両親やご家族とともに尊いいのちを授かった喜びを仏前に報告して仏さまとのご縁をむすぶお祝いの式です。今年は四組、5人のお子さんが受式されました。「初参式」のあと、今春小学校に入学した新一年生をお祝いしました。今日は4人の卒園児さんが参加されました。
その二つの式が終わると、昨日と同様に「降誕会」の式典、鼓隊パレード、法話(姫路香紀師)、園児のおどりが順に行われ、最後のイベントは本堂内と外の境内での「餅まき」でした。今年は二日間とも良いお天気に恵まれたので参加者も多くて、とてもにぎやかでした。
下の写真は「初参式」を受式された四組のご家族と「新入学生」を載せました。

新一年生
P1030795_convert_20130512172039.jpg

P1030787_convert_20130512172008.jpg

P1030778_convert_20130512171904.jpg

P1030758_convert_20130512171649.jpg

2013-05-12 : 西音寺 :
Pagetop

花まつり

今日は西音寺の「花まつり」が開催されました。西音寺の「花まつり」は麦川地域が炭鉱で栄えていた昭和7年に始まったと伝えられていますので、今年で81年目になります。保育園が昭和27年に開園してからは保育園との合同の行事になりました。午後1時半から園児さん主体の式典が始まります。そのあと法話(岡村謙英師)があり、その間に園児さんたちは麦川町を白象といっしょに鼓隊パレードを行います。法話が終わると、再び園児さんが本堂に入って皆さんに踊りを披露します。以上の行事が勤められますが、それほかに本堂の外縁でお茶席(抹茶のサービス)が設けられ、福引き、バザー、軽食店なども開かれます。明日は「降誕会」が開催されますので、今日以上ににぎわうことと思います。

本堂での花まつり式典
P1030689_convert_20130511202131.jpg

鼓隊のパレード
P1030692_convert_20130511202953.jpg

白象もいっしょにパレード
P1030700_convert_20130511202806.jpg

年少さん以上の園児さんのおどり
P1030706_convert_20130511202648.jpg
2013-05-11 : 西音寺 :
Pagetop

向拝の牡丹彫刻

昨日紹介した欄間の牡丹以外に、本堂の向拝(ごはい)の虹梁(こうりょう)にも彫刻された牡丹が見られます。以前、向拝柱の木鼻を紹介しましたが、その左右の向拝柱をつなぐ横木の梁(はり)が虹梁です。
牡丹はその虹梁の木から浮かし彫りされており、隣接の木鼻共々、見事な仕事ぶりが実感されます。虹梁の彫刻は一般に牡丹、唐草、雲などいろんなデザインがあり、木鼻の彫刻と同様に彫り師の腕の見せ所でしょう。

向拝の正面
P1030637_convert_20130509074258.jpg

向かって右側の牡丹の彫刻
P1030644_convert_20130509074347.jpg

左側の彫刻
P1030649_convert_20130509074434.jpg
2013-05-08 : 西音寺 :
Pagetop

欄間の牡丹

西音寺本堂の内陣と外陣との境は巻障子と襖で仕切られています。その上部には欄間がしつらえてあります。約百年前にこの本堂が建立された時からの欄間ですから、現在では金箔や飾り金具がかなりすすけています。
この欄間はそれぞれの寺院ごとに違ったデザインのものが見られます。西音寺のデザインは七面の欄間がすべて牡丹(ボタン)の花をモチーフにしています。興味深いのは、満開の牡丹の花のそばに、花の裏側の額(ガク)と茎とを見せたものがデザインされているのは、表と裏、陽と陰、光と影、ひいては生と死をイメージしたものではないかと思っています。

右余間に向かって
P1030678_convert_20130510080149.jpg

左余間の前側
P1030606_convert_20130508100826.jpg

欄間の一面
P1030629_convert_20130508120621.jpg

満開の牡丹のそばに、しおれたように牡丹の裏側を見せている(上の欄間をアップ)
P1030631_convert_20130508121017.jpg


2013-05-07 : 西音寺 :
Pagetop

シャクナゲ(石楠花)

寺の庫裏と保育圓の園舎との間にある狭い空間にツバキ、ツツジ、サザンカ、ロウバイなどの木々が植えられていますが、その中に一株のシャクナゲがあります。今ちょうど見頃のピンクの花があでやかに咲いています。

P1030557_convert_20130507233248.jpg

P1030554_convert_20130507233340.jpg
2013-05-06 : 西音寺 :
Pagetop

藤棚

寺の境内にある納骨堂の前に藤棚があります。藤の木はかなり古い木で、毎年この時期に薄紫(藤色)の花の房をつけます。残念なことに、房が短いことと、せっかくの棚がありながら、花の房は棚の外側と上にばかりついて、棚の中に房を垂らすことが出来ません。それは肥料やりと枝の手入れがされていないからだと思います。

P1030529_convert_20130504092508.jpg

P1030534_convert_20130504092457.jpg

P1030526_convert_20130504092405.jpg

P1030524_convert_20130504092321.jpg
2013-05-03 : 西音寺 :
Pagetop
ホーム

プロフィール


浄土真宗本願寺派 西音寺 住職  
住所:山口県美祢市大嶺町奥分 2058
電話 0837-52-0415

カレンダー

04 | 2013/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

お知らせ

宗旨、宗派を問わず、どなたでも納骨できる宝林廟の納骨方法や納骨費用など、詳細は上記のメニューバーをご覧になるか、お電話(0837-52-0415)をください。パンフレットをご希望の方は下のメールフォームからご連絡ください。

メールフォーム

名前:
メール アドレス:
件名:
本文:

リンク