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歎異抄に学ぶ会

 今日は「歎異抄に学ぶ会」の本年最後の勉強会がありました。4年前に武蔵野大学学院長の田中教照先生に講師をお願いして始まった学ぶ会は、寺の住職、若院、坊守、ご門徒さんなど15名前後の皆さんが毎回、出席されています。年齢も30過ぎの青年から80代の年配者まで幅広い層の方々が参加されています。
 親鸞聖人の直弟子の唯円房が著したといわれる『歎異抄』は、親鸞聖人の教え(思想)を知るための書として明治以来、今日に至るまで多くの人に愛読されてきた有名な古典です。とはいえ、古文で書かれたその聖典を個人で紐解き、正しく理解するのは容易なことではありません。例えば、『歎異抄』第三条に述べられる「悪人正機説」など、文字づらだけを読むと悪業を積み重ねる者のほうが仏の救いにあずかれるというような誤解を生じたり、あるいは逆説的に説かれた内容が少なからずあるからです。
 そうしたことから、真宗学の泰斗として高名な田中先生の自坊(西宝寺)が美祢市にあるご縁で先生にお願いして「歎異抄に学ぶ会」が始まりました。毎回、先生のわかりやすく、しかも格調の高い講義を2時間余り拝聴すると、なるほどそういう意味であったのか、と教えられることばかりで、この田舎にいて大学の先生の講義を聴講できるありがたさが身に染みます。
 今日の勉強会の最後に、田中先生は今年7月、64才の若さでお浄土に往生された故内山哲雄師(西宗寺住職)を追悼してひとこと触れられました。内山師は4年前の勉強会発足当初からのメンバーとして毎回、欠かさず出席されていましたが、食道癌に罹り、東京の病院に入退院を繰り返しながら、とうとう今年の7月に亡くなられました。内山師がまだ存命であったとき、先生がたまたま内山師のお寺の前を通りかかったとき、寺の法語掲示板に次のような短歌が掲げられていたとおっしゃって、それを紹介されました。
 
   生も死も 老いも病も そのままに まかせて歩む 一筋の道

という歌です。内山師自身のことばであるのか分かりませんが、闘病生活を続けていた内山師がわがいのちを阿弥陀様にすべて委ねて生きる安寧の心境をそのまま表した味わい深いことばです。勉強会のあと、先生を交えて今日の出席者14名中9名が「内山師を偲のぶ会」を兼ねて忘年会を居酒屋で開き、今年の勉強会が終わりました。

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2013-11-30 : 美祢市 :
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イギリスからお墓参り

 今日、西音寺の納骨堂に遠い異国のイギリスから親子お二人がお墓参りに来られました。その方は原本光子さん(Mitsuko Haramoto Simpson)と英国航空(British Airways)に勤務されている、お子さんのリチャード・シンプソンさん(Richard Simpson)のお二人です。原本さんは北九州市門司で生まれたが、幼くして両親と死別されたため、西音寺のある麦川町の親戚の家に引き取られて、麦川小学校、大嶺第二中学校を卒業後、電気店に勤めながら、苦学して夜間高校を卒業されました。その後、大阪で働いておられた時に貨物船の乗組員であったイギリス人のシンプソン(Mr.Simpson)さんと出会われ、24才の時に結婚して渡英されました。
 イギリスではシンプソンさんの実家のあるノーフォーク (Norfolk)の州都ノリッチ(Norwich)に住んで、一人息子のリチャードさんをもうけ、今日に至るまで50年あまりイギリスで暮らしておられます。長年、外国航路の乗組員であったご主人が5年前に亡くなられたあと、原本さんは一時は故郷の美祢市に永住帰国しようかと思われたそうですが、ちょうどその頃にご自身が乳癌を発病して治療に専念せざるをえなくなったため永住帰国を断念されたそうです。
 でも、ご両親の遺骨が納められているお墓にはお参りしたい気持ちがいつもあるけれど、イギリスからでは2~3年に1回くらいしかお墓参りが出来ないのがとても残念です、とこぼしておられました。前回、2010年にも息子のリチャードさんといっしょに来寺されました。その理由は自分が亡くなったあとは息子が一人で西音寺の納骨堂に遺骨を納めに来ることが出来るよう教えておくため、いつも息子を連れてお寺に来るのです、と話されました。
 長年のイギリス生活でたくさんのお友達がいて、老後の年金生活も安定して何一つ不自由なことはないのですが、やはり故郷が懐かしく、病気さえしなかったなら日本に戻りたかった。でも、私が亡くなったら、必ずここに戻りますと話されて帰って行かれました。別れ際に、「生きていたら、またお参りに来ますよ」と言い残して。
 なお、上記の内容に個人情報が含まれていますが、原本さん親子の了解を得ています。

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2013-11-28 : 西音寺 :
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モミジの紅葉

 ここ最近は全国各地の紅葉の名所がテレビなどで伝えられています。先日、納骨堂前の紅葉を紹介しました。その紅葉はすでに大半が落葉してしまいましたが、他にも何本かモミジの木があるうち、毎年あでやかな紅葉に変化するモミジが寺の裏山にあります。紅葉するのは赤い色素(アントシアニン)が葉の中で作られるからだそうですが、今日は朝日に照り映えたその美しい姿をいろんな角度から撮ってみました。

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2013-11-26 : 西音寺 :
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坊守の台湾旅行

 11月22日から2泊3日で坊守が台湾へ旅行しました。ふだんは寺や保育園の仕事で明け暮れていますので、ちょっと息抜きに親しい知人のいる台湾へひとり旅をしました。この知人の方は台湾の圓光寺という仏教寺院に付属する仏学研究所の教務長の釋性一法師と職員の釋悟寧法師のお二人で、お二人ともこれまで二回、西音寺に来られて滞在されていますので坊守とも懇意な間柄です。3日間という短い台湾滞在でしたが、お二人にいろんな所を案内して、通訳もしていただいたので、何の不安もなく楽しく過ごせたと坊守は感謝しています。
 ところで台湾も日本と同じように仏教徒の多い国です。しかし現実には両国の仏教事情は多くの点で異なっています。その詳細はここでは省略しますが、台湾の仏教がどのように社会に根付いているか、また僧侶が実際にどのような生活をしているかを知れば知るほど、日本の仏教の伝統的なあり方や慣習と大きく違っていることに驚きます。両者の歴史文化的、また社会的背景が異なっていることに起因していると思われます。私自身これまで何度も台湾を訪れて、それを肌で実感し、多くのことを学ばせていただきました。インドで生まれ、アジア全体に弘まった仏教を日本の仏教の視点からだけでなく、グローバルにいろんな国々の仏教から学ぶことは私たち僧侶にとって大切なことと思います。
 下の写真は台北の陽明山国立公園内にある「草山行館」で撮った写真からその一部を載せました。ちなみに、この「草山行館」は日本が日清戦争後に台湾を統治していた時代、日本の企業家が「台湾製糖株式会社」を設立し、その招待所として創建されたもので、のちに南京国民政府を率いて1949年中国大陸から台湾に移った蒋介石の住居になったそうです。

釋性一法師と坊守
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釋悟寧法師と坊守
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2013-11-25 : 外国 :
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大分研修旅行(美祢西組)

 美祢西組の初めての試みである研修旅行が1泊2日の日程で18日(月)~19日(火)に行われました。西組総代会と鑚仰会が主催したこの旅行は大分県の四日市と別府にある本願寺派の二つの別院を参拝して、他県の別院の歴史と現状を学ぶとともに、西組の僧侶や門信徒相互の親睦をはかることが主な目的です。組内各寺から60名の参加者があり、バス2台で美祢を午前8時に出発しました。
 最初の目的地の宇佐市四日市の別院には午前11時ころに到着しました。この四日市別院(西別院ともいう)は今から150余年前の江戸末期に建立された19間四面の大本堂です。隣接して真宗大谷派の別院(東別院)が並んでありますが、現在、東別院の本堂が改修工事中のシートで全面覆われているため、建物を見ることができませんでした。隣合わせに東西本願寺の別院があるのは他に例がないそうですが、その理由については輪番さんから興味深く説明していただきました。本堂にお参りし私たち全員でお勤めをしたあと、由緒ある内陣などを見学しました。
 西別院をあとにして、次は昼食をする豊後高田市に向かいました。ここは観光と地域おこしを目的にした「昭和の町」が有名です。この「昭和の町」は昭和30年代まで国東半島で最もにぎやかな町として栄えたころの様子を再現したレトロな雰囲気を体感できるところです。昼食を済ませたあと、安心院のワイナリーに寄って見学し、各種のワインを試飲し、ほろ酔い気分で午後4時半すぎに宿泊先である別府市内のホテルに到着しました。
 翌日は9時すぎにホテルを発って、すぐ近くにある本願寺別府別院へ参拝し、まず全員でお勤めをしました。ここでも輪番さんから別院の由来などをお話ししていただきました。そのあと別院職員さんに境内地にある大谷記念館を案内していただきました。ここには中央アジアへ3回にわたって探検隊を派遣した、本願寺第22世門主の大谷光瑞師の遺品や収集品などがほんの一部だけ展示されています。大谷探検隊の収集品の多くは龍谷大学や数年前に開館した龍谷ミュージアムなどに所蔵・展示されているそうです。
 別院参拝のあとは湯布院へ向かい、そこのホテルで昼食をとりました。湯布院は全国屈指の人気のある温泉地だけあって、とても情緒あるきれいな町並みです。数年前、私も家族ではじめて訪れて以来、また来てみたいと思っていたところでしたから、今回は好都合でした。湯布院から秋の紅葉が真っ盛りの「一目八景」の深耶馬溪を見て、最後に耶馬溪の競秀峰のふもとにある青の洞門を見学しました。こうして二日間の研修旅行は予定通り午後7時前、全員無事に美祢に帰着しました。

四日市別院
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四日市別院本堂
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四日市東別院山門
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参拝記念(1号車)
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参拝記念(2号車) 
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豊後高田 昭和の町
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安心院ワイナリー
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別府別院山門
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別府別院
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別院本堂
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深耶馬溪 一目八景(撮影 専正寺住職)
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耶馬溪 青の洞門
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2013-11-20 : 県外 :
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納骨堂前の紅葉

 11月も中旬になると、寺の境内や裏山で木の葉が赤や黄に色づいて来ました。当地は北海道、東北地方と樹木の種類がちがうため、全山が紅葉、黄葉に染まることはありませんが、それでもモミジの美しい紅葉は目を引きます。同じモミジでも生えている場所のせいか、葉の色づき具合が異なっています。いま納骨堂前のモミジが紅葉真っ盛りです。これから順次、紅葉写真を載せていきます。

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2013-11-16 : 西音寺 :
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大嶺第二中学校卒業写真

 昭和38年3月、私たちは大嶺第二中学校(二中)を卒業しました。その2年前の2学年になった昭和36年4月、第二中学は大嶺第一中学校と合併して大嶺中学校に変わったので、卒業時の校名は「大嶺中学校第二校舎」というのが正式名称でした。だが現在、麦川小学校がある同じ敷地内に私たち二中の校舎があり、その校舎から卒業したので校名は変わっても、私たちの意識は「二中の卒業生」ということに生涯変わりません。それは一中の卒業生も同様でしょう。大嶺中学を卒業したと自然に口から出る人は、私たちが卒業した1年あとに吉則に建てられた大嶺中学校の新校舎で学び、そこで卒業を迎えた人たち以降でしょう。
 それはさておき、先日の二中の同期会に牧本さんが中学の卒業アルバムを持参して来て、同級生の皆さんと50年前を振り返りながら、思い出話に花を咲かせていました。遠い昔の記憶はずいぶん薄れてしまったのですが、卒業アルバムを開いて見ると、自然と昔の記憶が蘇ってきます。50年前の歴史の記録である卒業アルバムのおかげで、私たちは50年前にタイムスリップしたような気持ちになれます。
 50年前の幼く若い顔と現在の老いた顔とを見比べると、この世のあらゆる存在、事象は一瞬たりとも同じ状態を保つことなく、たえず変化しているという仏教の「諸行無常」の教えが思い浮かびます。仏典に説かれる「生者必滅(しょうじゃひつめつ)」(『大般涅槃経』)のことば通り、限りあるいのちを生きている私たちはいずれこの世から消え去る定めにあります。私たちの存在を同級生諸氏と共有できる一つの“よすが”が卒業アルバムです。同期会を機に、このアルバムから各クラスの卒業写真を本ブログに転載して、私たちの生きた歴史の一面をネット上に残しておきたいと思いました。下の写真は牧本さんからお借りしたアルバムから複製しました。

在りしころの大嶺第二中学校校舎
校舎

3年1組(山野井先生)
3年1組

3年2組(埜村先生)
3年2組


3年3組(広瀬先生と斉藤先生)
3年3組

3年4組(岩本先生)
3年4組

3年5組(信田先生)
3年5組

2013-11-15 : 麦川地区 :
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同期会翌日の観光

 昨日の同期会でホテルに宿泊した26名は朝食を済ませたあと、次回の再会を約束して9時すぎに解散しました。そのあと、観光ツアーに参加する17人は車に分乗して、まず仙崎の「金子みすゞ記念館」へ向かいました。仙崎駅前から北に延びる「みすゞ通り」を歩いて5~6分くらいのところに記念館はあります。金子みすゞは今では日本全国知らない人がいないくらい有名な童謡詩人ですが、この記念館に初めて来たいう人もいて、このたびは良い機会になりました。
 記念館を見学したあと、次は角島大橋へ向かいました。今日は曇り空だったため、高台から俯瞰する角島と海と大橋は、先日下見した時ほどの色鮮やかなコントラストの眺望でなかったのが少し残念でした。海をバックにして記念写真を撮ったあと、大橋を渡って角島の突端に立つ灯台へ行きました。この角島灯台は明治初期に御影石を積み上げて造られた、当時のままの歴史的文化的に価値の高い灯台です。健脚の何人かがそこに登って日本海を見晴らしました。
 角島を一周して戻って、下関方面へ10分あまり走ると昨年新設された道の駅「北浦街道 豊北」に着きました。時刻も正午を少し回ったころでしたので、当初の予定通り昼食をすることにしました。山下さんはここで親戚の人と待ち合わせをしていたので別れ、他の者はレストラン「わくわく亭」で思い思いの食事をしました。食後は駅内の地域物産品販売所「夢市場」でおみやげなどを買い、最後の記念写真を入口で撮ったあと解散し、各自帰路につきました。
 二日間の同期会行事が無事終わって、幹事の一人として安堵しました。次回は大阪での開催が予定されていますが、また元気に再会しましょうと互いに固い握手を交わして別れました。遠く過ぎ去りし昔を思い起こせば夢幻(ゆめまぼろし)のごとく、いつのまにやら黄昏れ(たそがれ)時に至った、はかなく短い人生ではありますが、「おれ、お前」と呼び合う同級生と末永く縁(えにし)が続くよう願っています。

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2013-11-13 : 山口県 :
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大嶺第二中学校同期会

 大嶺第二中学校を昭和38年3月に卒業した「同期会」が12日(火曜)、長門湯本の「湯本観光ホテル西京」で開催されました。このたびは美祢市に在住する有志が幹事を務めることになり、9月から準備を始めて、ようやく当日を迎えました。前回の名古屋から2年ぶりの開催です。今回は遠近各地から男性17名、女性20名の37名が出席し、恩師は信田百合夫先生をお招きしました。
 午後3時すぎから出席者がホテルに到着し始め、ロビーで久しぶりの再会を懐かしんだり、早々と温泉に入ったりして開宴を待ちました。会の始まる6時には全員が揃ったので、まず記念写真を撮ったあと、司会の野村君と石井さんのもと幹事代表の私の挨拶、信田先生の乾杯のご発声によって華やかに宴会は始まりました。中学卒業以来50年、今回はじめて参加した人、毎回欠かさず参加する人、各人各様の長い人生のなかで、幾多の悲しみや喜びを経て今に至った人生経験豊かな同級生同士の話で会場はたちまち喧騒の渦と化しました。
 私たちのこの会では毎回、趣向を凝らした隠し芸に期待が寄せられていますが、今回は山口市内在住の柴垣さんと村田さんが中心となって衣装と出し物が決められました。それらが出演する前に上品な日本舞踊をということで、大阪堺市から来られた日舞の師匠の山下さんが華麗な舞を披露されました。
 そして私がかつてチベットで購入した本物のチベット僧衣をまとって演歌を一曲歌いましたが、この写真は私のカメラにないので省略。続いて、柴垣さん演出の花笠音頭が始まり、外から踊りながら入場して舞台に上がり、そのあとは下の写真のような下品な醜態姿。村田さんと中島君のデュエット。大持君と藤原君のピンクレディーのUFO。信田先生と石井さんのデュエットなどなど、次々と出し物が続いて閉宴時間が近づいたので、最後に全員で炭鉱節を踊って、昔の大嶺炭田の全盛時代を懐かしみました。二時間あまりの怒濤の宴会は興奮さめやらないまま二次会へなだれ込み、夜の更けるのを忘れて楽しみました。なお、今回は個人情報保護法適用除外と女性の名前は旧姓で記しました。

出席者全員の記念写真
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話がはずむ皆さん
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宴たけなわ
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山下さんの日舞
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男女混合6人の花笠音頭
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舞台に上がるまではまともな花笠踊り
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花笠の着物を脱いで下品な醜態を晒す男女(中央は小松原君、左端は村田さん)
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村田さんと中島君のデュエット
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ピンクレディーのUFOを踊る大持君と藤原君
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信田先生と石井さんのデュエットに合わせて仮面ダンスをする柴垣さんと迫田君
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山口市内グループの村田さん、吉村君、大持君、柴垣さんと下関の藤原君
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信田先生にまとわりつく女装のふたりとその仲間
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全員が輪になって炭坑節の踊り
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2013-11-12 : 山口県 :
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第7回 お寺のコンサート

 今日は第7回お寺のコンサートが開催されました。年一回のお寺のコンサートですが、今回は山口市内で活動しておられる会社員、主婦、学生の皆さんのサークル「山口マンドリン・アンサンブル」(代表 佐々木伸一氏)をお呼びしました。そのメンバーのうち10人の方が来演され、マンドリン、マンドラ、マンドロンチェロ、ギターの楽器構成で、「瀬戸の花嫁」、「愛燦々」など誰にもなじみのある曲目ばかり、アンコールを含めて全15曲ほど演奏していただきました。その中にはアンサンブルの奏でる音に合わせて、「ふるさと」、「里の秋」など4曲を会場のみんなでいっしょに歌いました。晩秋の夕刻、本堂内に響き合うマンドリン合奏の美しい音色に心地よいひとときを楽しみました。

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2013-11-09 : 西音寺 :
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角島大橋

 今日は家内の実家の寺に所用があったため豊北町阿川に出かけました。そのついでに来週、開催される中学校同級会の観光コースに予定されている角島、ホテル西長門リゾート、道の駅「北浦街道豊北」などを下見しました。今日は秋晴れのさわやかな天気になり、とても気持ちよくあちこちを見て歩きました。中でも豊北町神田と角島との間に掛かる角島大橋は海士ヶ瀬戸の景観にマッチした美しさからテレビCMにたびたび取り上げられて有名になり、今では県内有数の観光地になりました。下の写真のように、高台から大橋を見下ろすアングルは一直線に伸びる橋と青い海と緑の島とが融合して素晴らしい眺めです。これも今日の好天に恵まれたからこそであって、その意味で同級生を案内する来週の天気が今から気がかりです。それにしても、毎日、山ばかり見て暮らしている私には、たまに見る青い海原は心まで洗われるような清々しさが感じられます。

高台から見た角島大橋
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角島灯台
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ホテル西長門リゾートから見た角島大橋
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2013-11-08 : 山口県 :
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美祢市生涯学習フェスタ

 今日は生涯学習フェスタに家内といっしょに行きました。このフェスタは生涯にわたって学びを続けましょうという趣旨で市民の様々な活動を1年に一度、この時期に市民館や勤労青少年ホールなどの会場で披露する催しです。最初にまず「チャリティ茶会」で抹茶を一服よばれたあと、竹細工展に立ち寄ってみると、同級生が案内係をしておられたので少し談笑しました。そのあとは、絵画、書道、絵手紙、華道、水墨画など、いろんな展示を見て歩きました。
 今の高齢化社会において何か一つでも趣味を持って取り組むことは生きがいになるだろうということは頭でわかっても、では何をしようかと考えてしまいます。会派や同好会などのグループに所属していろんな人と交流しながら趣味の活動をすれば、長続きもするだろうし、展示会に出品して見てもらう機会があってよいのだろうとは思います。でも何も実行できない無趣味な私です。

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2013-11-02 : 美祢市 :
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保育園のイモ掘り

 今日は麦川保育園のイモ掘りがありました。五ヶ月前の5月31日に年長(月組)さんが植えたイモを今日は保育圓の園児と先生の全員がイモ畑にやって来て、イモ堀りを楽しみました。本来は先週の土曜日に園児さんが保護者といっしょにイモ掘り体験をするのが毎年の恒例行事になっているのですが、その日は雨が続いたあとで、畑がぬかるんでいたため、イモ掘りは中止になり、今日に繰り延べになりました。
 今日は朝からとても良い天気になりました。園児さんが到着する前に、先生がイモの蔓を切り、マルチを取り除いて下準備がすんだころに、三才未満児さんはジャンボタクシーで到着し、年少~年長さんは路線バスに乗り、バスを降りてからは歩いて畑まで来ました。服を着替え、小さなスコップを手にして先生に手伝ってもらいながらイモを掘りました。思いがけず大きなイモが掘り出せた時の喜びようは宝物を掘り当てた時のようでした。収穫したイモは保育圓に持ち帰り、給食やおやつに使います。園児さんも少しずつ自宅に持ち帰って食べ、イモ掘りのことをお父さんやお母さんにどのように話したのでしょうか。

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2013-11-01 : 麦川保育園 :
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プロフィール


浄土真宗本願寺派 西音寺 住職  
住所:山口県美祢市大嶺町奥分 2058
電話 0837-52-0415

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