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新聞記事 「少子化 墓守が不在」

 昨日に続いて、『朝日新聞』(平成26年7月30日付け)第二面の記事を紹介します。本面の見出しは、「少子化 墓守が不在」とあり、地方の過疎化、少子高齢化、未婚化など、社会の急激な変容によって先祖代々の墓を継承する者がいなくなり、全国各地で無縁墓が増えている実態が示されています。
 それは地方の過疎地だけの問題ではなく、大阪市や東京都など大都市でも同様であり、公営墓地を管理する自治体は継承者のいない墓を無縁墓として撤去している。そのような自治体は年々増えていて、民間の霊園や寺の墓地でもその傾向は同じといわれます。
 墓は子孫が守り継ぐものという、これまでの日本の墓のあり方が、社会の変化に合わなくなっているため、それを見直して永続的な墓地管理の仕組みや支え手を創出する取り組みが必要なだけでなく、他方、東京都や大阪市では、血縁の有無にかかわらず不特定多数の人を埋葬する大規模な公営の「合葬墓」を設けて、高まる需要に応じているそうです。
 記事に述べられる、こうした墓にまつわる諸問題はすでに何年も前から指摘されていて、とりわけ目新しいことではありません。だが、年々それが深刻化している状況が明らかにされ、改めて過疎地だけでない、全国共通の問題と認識しました。
 
『朝日新聞』(平成26年7月30日付け)第二面
朝日新聞2
(上掲の『朝日新聞』の本文を以下に転載)

 都市部への人口流入と地方の 過疎化 、少子高齢化、未婚化。社会の急激な変容が墓を追い詰める。自治体は無縁墓の撤去を進める一方、血縁に頼らない新たな墓のかたちを模索する。
  大阪市平野区の市設瓜破(うりわり)霊園。雑草に覆われた墓前に「大阪市 管理地」の立て札が立つ。市が無縁墓と判断し、市の裁量でいつでも撤去できる墓であることを示す。墓石に刻む被葬者の没年は「平成十三(2001)年 行年九十」とあった。
 市は管理料を滞納している墓の継承者に連絡を試み、死亡などで絶えていれば親類縁者に管理を打診。それでも継ぐ人が現れなければ官報と墓前に「無縁墳墓等改葬公告」を出し、1年間待って“撤去可”の断を下す。
 大阪の市営墓地は管理料の滞納が膨らみ、13年度の滞納額は5年前より4割増の約900万円。1993年から始めた無縁墓の撤去は4095区画に上り、遺骨は敷地内の「無縁塔」に移した。「できるだけ継承者を探す。しかしいつまでも放置するわけにいかない」(市事業管理課)
  東京都も2000年から都立霊園の無縁墓の調査・整理を進めている。12年度は1億3千万円かけて約350基を撤去。この5年で約千基整理した。
 朝日新聞社が 東京都 と道府県庁所在市の計47自治体にアンケートしたところ、44自治体が公営墓地を持ち、うち32自治体が無縁墓があると回答した。このうち無縁墓を撤去している自治体は19。12年度に盛岡、 和歌山 、13年度には静岡と奈良の各市が始め、撤去自治体は年々増えている。
 国内の墓地に占める公営墓地は3・5%。大半は民間霊園や寺が管理するが、墓の問題に詳しい第一生命経済研究所の小谷みどり主任研究員は「公営も民営も無縁化の傾向は同じ。需要がある墓地は新たな使用者のために無縁墓の撤去を進める。需要がない墓地はそのまま荒れ果てていく恐れがある」と指摘する。

 「墓は社会のありようを映し出す」。墓と社会の関係を研究する京都女子大の槇村(まきむら)久子客員教授( 環境デザイン 学)は言う。
 国立社会保障・人口問題研究所 の推計によれば、人口に占める65歳以上の高齢化率は2025年には3割を占め、 団塊の世代 は75歳を超え「多死時代」が到来する。一方で未婚化が進み、中高年を中心に35%が 単身世帯 となる。 過疎化も劇的に進む。民間研究機関「日本創成会議」は、40年までに全国896自治体が「消滅可能性都市」になると予測する。
 「つまり墓を継ぐ子がいない独り身の死亡者が増え、特に 過疎地では墓を世話する人そのものがいなくなる」(槇村さん)
 日本の墓は長く子孫が守り継いできた。民法は「祖先の祭祀(さいし)を主宰すべき者が承継する」と定める。しかし茨城 キリスト教大の森謙二教授(法社会学)は「継承を前提とする墓のシステムは時代に合わなくなり、対応できない事象が起きている」と指摘する。

 親から子へ、子から孫へ受け継ぐ墓のありかたが、見直しを迫られている。
 2012年の熊本県知事選で、 蒲島郁夫知事は2期目のマニフェストに「公的な新たな形の霊園のあり方についての研究」を掲げた。
 「それぞれに宗教観や死生観があり、墓は個人の問題」と県議会から反対の声があったが、知事は「死後に墓がどうなるのか、不安を抱く人が増えている」とこだわった。
 6月、熊本県庁に集まった県内45市町村の墓地管理担当者を前に、県の担当者が永続的な墓地管理の仕組みや支え手の創出に取り組む必要を訴えた。「介護 と同じように福祉として墓の不安を解消し、熊本らしい墓のあり方を考えたい」
 聖徳大学の長江曜子教授(墓地、葬送研究)は「これまで行政は土葬のなごりで伝染病を防ぐなど、 公衆衛生の視点で墓の施策を進めてきた。それを熊本は人間の尊厳 を尊重する福祉として捉えようとしている」と評価する。
 血縁の有無にかかわらず不特定多数の人を埋葬する「合葬墓」を設ける自治体も増えている。朝日新聞のアンケートでは 東京都 と11の道府県庁所在市が公営墓地に整備していた。
 都立小平霊園(東村山市)に11年度整備された合葬墓は、木々の下に1万人の遺骨を埋葬できる。12年度は500人分の募集に16倍の申し込みが、昨年度は1600人分の募集に10倍の申し込みがあった。高まる需要に、13年度には都立八柱霊園(千葉県 松戸市)に10万人埋葬できる巨大墳墓を整備した。 大阪市も10年度に市設瓜破霊園(平野区)に合葬墓を設置。2万4千人埋葬でき、現在956人が眠る。(才本淳子)

2014-07-31 : 新聞・書籍・TV :
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新聞記事 「継がれぬ墓 無縁」

 お盆が近づいたからでしょうか、今日の『朝日新聞』の第一面と二面の両面にわたって、今、先祖代々のお墓が守れなくなっていることを取り上げた記事が掲載されていたので、今日と明日の2回に分けて紹介します。
 まず、第一面の記事の見出しは、「継がれぬ墓、無縁」、「不法投棄・放置 後絶たず」とあり、冒頭に「先祖代々受け継がれてきた墓が受難の時を迎えている」という書き出しで始まります。
 昔は親から子、子から孫へ受け継がれた家によって先祖伝来の墓が守られて来ました。しかし、親世帯と子世帯が別々に暮らす核家族化、あるいは少子化の進行や地方から都会への人口移動による過疎化などが原因で、先祖代々受け継がれてきた墓が守られなくなりました。その結果、継がれない墓、すなわち無縁墓が増え続ける一方、墓石を不法に投棄したり、放置したまま雑草に埋もれてしまった無縁墓が各地で問題になっているといわれます。
 たしかに、寺の住職である私が門徒さんから受ける相談で最も多いのが、墓に関することです。「宝林廟」を建てたのも、それ以前にそうした相談をいろいろ受けていたからです。実際、「宝林廟」を建立して今年で4年目になりますが、予想外に門徒さんだけでなく、本ブログを通して知られた多くの方から反響がありました。今後も墓が守れないという問題はますます増え続けるだろうと感じますが、「宝林廟」がその一助になればと思います。

『朝日新聞』(平成26年7月30日付け)第一面
朝日新聞1
(上掲の『朝日新聞』の本文を以下に転載) 

 先祖代々受け継がれてきた墓が受難の時を迎えている。墓守が絶えた無縁墓から撤去された墓石は、慰霊の場を離れ、さまよう。人里離れた山中に“墓の墓”が現れ、不法投棄も後を絶たない。
 高松市のJR高松駅から車で30分の山中に“墓の墓”がある。約1ヘクタールの空き地にコンクリートで固めた最大幅100メートル、高さ15メートルの扇状の巨大なひな壇が設けられ、壇上に墓石1万基が並ぶ。
 「古石材預り所」と称する管理者(52)によると、中四国や関西の寺から撤去された墓石を石材店などの業者が持ち込んでくる。家庭の事情で墓を引き払い不要になった墓石のほか、無縁墓もある。1基1万円で受け入れ、最近は年300基ほど集まる。クレーン機で石を整然と並べ、定期的に雑草をとる。「ここ数年でどんどん増えている。もうけはないが、やめたくてもやめられない」。まだ9万基収容できるという。
 一方、不法投棄された“墓の山”もある。兵庫県南あわじ市の山中には推定1500トンの墓石が山積みにされ、山の頂は高さ4メートルに達する。6月半ば、県淡路県民局の職員3人が墓石に合掌しながら現場を見て回った。
 「比較的新しい墓もある。墓碑銘から、代々にわたり大切にされてきたんだろうなと思わせる墓もあります」。県民交流室の小塩浩司環境参事は言う。
 2008年に廃棄物処理法違反容疑で逮捕・起訴された石材処理業者は、墓石の処分を安く請け負い、破砕などの適正処理をしないまま淡路島に捨てていた。県は撤去するよう指導するが、ほとんど手つかずのままだ。
 墓石の不法投棄は昨年も広島県、京都府内で見つかり、ここ5年の間に茨城、千葉、兵庫など各県で業者が逮捕されている。
 不要になった墓石は通常、寺や霊園、石材業者が預かるか、処理業者が破砕処分する。だが別の方法をとる業者は少なくない。関東の石材店の社長は「破砕には手間と金がかかる。たたりを恐れて処分しない業者もいる」と話す。
 さまよう墓石の出どころは、家庭の事情で墓所を引き払って残された墓のほかに、増え続ける無縁墓がある。
 無縁墓はどれほどあるのか不明だが、熊本県人吉市は昨年、全国でもまれな市内の全墓地995カ所の現況調査をした。
 人口はこの10年で1割減り3万4500人。65歳以上が32%を占める。「墓が雑草に埋もれている」「墓石が転げ落ちている」。近年増え始めた市民の相談を受け、役場はまる1年かけて、明らかに長く人の手が入っていない墓を拾い出した。
 「結果は想像以上でした」。市環境課の隅田節子課長補佐は言う。市内の墓1万5123基の4割超、6474基が無縁墓だった。8割が無縁の墓地もあった。「市として何ができるか。知恵を絞りたい」。妙案はすぐには浮かばない。(才本淳子)
2014-07-30 : 新聞・書籍・TV :
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4羽の巣立ち

 先日の本ブログで、ツバメが新たな巣を作り、今年2度目の産卵をしてヒナが生まれたことをお伝えしました。それからしばらく成長を見守っていましたが、今日、巣を見たところ、もぬけの殻になっていました。飛び立って行ったようです。生まれて間もないときは何羽のヒナが生まれたかわかりませんでしたが、下の写真のように4羽のヒナの巣立ちでした。今年、保育園玄関の柱の2つの巣から10羽のヒナが誕生しました。親鳥からいのちを受けた10羽のヒナは果てない大空を自在に飛び回っていることでしょう。

昨日(27日)撮影
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4羽並んで、エサを待っている
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1本の柱に2つの巣。左側の巣から6羽のヒナが誕生して、すでに巣立ち。右側には4羽のヒナ
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2014-07-28 : 麦川保育園 :
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美祢西組 連研・第2回

 5月30日に開講式が行われた美祢西組の連続研修会(=連研)の第2回が昨夜(25日)、於福の寂定寺さんで開催されました。受講者の方は全員出席され、夜になっても蒸し暑い中を2時間半にわたる研修会を受けられました。今回は円楽寺(市内杉原)の住職さんが担当されて、蓮如上人の作られた『御文章(ごぶんしょう)』の拝読の仕方、『領解文(りょうげもん)』の唱え方、浄土真宗の根本聖典である『正信偈』の勤行の仕方などを解説され、みんなで実際に声を出して練習しました。宗祖・親鸞聖人の著作である『教行信証』の中から抜粋された『正信偈』は、毎日の勤行として私たち僧侶が拝読するだけでなく、ご門徒さんのお宅でも最もよく読誦されるお経です。そうした点からも我流になりがちなお経の唱え方を正しく知っておくことは大切なことと思います。ただ、夜になっても、まだ蒸し暑い中で長時間のお経の練習は受講者にとってかなり大変だっただろうと思いました。寂定寺さんが熱中症にならないよう、冷たい飲み物を用意していただいたのは助かりました。

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2014-07-26 : 美祢市 :
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本山のお晨朝

 所用のため京都に1泊2日で行って来ました。京都に行くときは、出来る限りご本山にお参りするようにしています。今回も25日、朝6時からの「お晨朝(おじんじょう)」にお参りしました。先月6日の法統継承式で第25代本願寺門主に就任された光淳門主のご出勤のもと、多くのご門徒や僧侶のお参りがありました。ちょうど学校の夏休み期間であるため、小・中学生を対象にした「児童念仏奉仕団」の皆さんが多数参拝されていました。
 お晨朝は、午前6時の喚鐘の合図で始まります。まず阿弥陀堂で『讃仏偈』の勤行があり、そのあと御影堂に移動して『正信偈』の勤行、御堂法話、御文章拝読で、1時間たらず、ご本山の「お朝事(おあさじ)」が毎日、勤められます。早朝の阿弥陀堂、御影堂の壮大な伽藍に各地からお参りされた多くの門信徒、僧侶の読経の声があふれ、荘重な雰囲気に何ともいえない清々しさを感じます。
 お晨朝が終わったあと、毎日御影堂で「帰敬式(ききょうしき)」が行われます。これは阿弥陀さまの前で浄土真宗の門徒としての自覚をあらたにし、人生を力強く生きていくことを誓う儀式で、受式された方には、仏弟子となったことを表す「法名(ほうみょう)」がご門主から授けられます。、
 このたびは広島からお参りされた「児童念仏奉仕団」の45名の皆さんと大人1人の方の「帰敬式」を見学しました。受式者はご門主の前で「三帰依文(さんきえもん)」を唱え、「おかみそり」を受け、法名を授与されました。昔の安芸国、すなわち広島の浄土真宗の門信徒は「安芸門徒(あきもんと)」と呼ばれ、ご法義の篤い土地柄として知られています。「児童念仏奉仕団」の皆さんが帰敬式を受けられたのも、そうした伝統がこんにちに至るまで脈々と受け継がれていることを示すものだと思いました。

阿弥陀堂でのお晨朝
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児童念仏奉仕団の皆さんが目立ちました
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阿弥陀堂での勤行が終わって、これから御影堂に移動
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帰敬式の前に、受式のやり方の事前説明
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ご門主から「おかみそり」を受ける
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ご門主からのお話
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本尊・阿弥陀如来の尊前(阿弥陀堂)
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宗祖・親鸞聖人の尊前(御影堂)
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2014-07-25 : 県外 :
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大嶺郵便局の歴史(戦前)

 大嶺郵便局が麦川町に開局したのは、明治37(1904)年12月11日といわれます。麦川地域で大嶺炭田の採掘が始まったのは明治30(1897)年のこととされ、日露戦争開始直後の明治37(1904)年に海軍省が炭鉱を買い上げたと伝えられています。大嶺炭田の無煙炭は国策として利用するため海軍省の管轄下に置かれました。それにともなって大嶺郵便局も開局されたようです。開局当初の建物は後に新築され、昭和20年の終戦まで郵便局として使用されたといわれます。戦後、大嶺郵便局は西音寺のすぐ隣に移転し、もとの局舎は軍医として中国大陸から帰還された田原新一氏が病院に改良して田原医院(現在は廃業)を開業されました。
 下に載せた昔の写真と簡易保険勧誘の手描きポスターは現在、美祢郵便局長の生田康文さんから提供していただきました。

大嶺郵便局の開局当時の局舎
2013年09月10日17時40分16秒

局舎の正面での記念写真(撮影年は不明)
2013年09月10日17時40分07秒

最初の局舎を改築した新しい局舎(戦前まで使用されたという)
2013年09月10日17時39分55秒

「こんな時こそ! 簡易保険で明日への備えを」(郵便局の標語ポスター)
2013年09月10日17時40分51秒

「そろって健康、あかるい生活」
そろって健康あかるい生活

「家庭の民主化!」
家庭の民主化

「日々をあかるく、行末をたのしく」
日々をあかるく行く末をたのしく
2014-07-22 : 麦川地区 :
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無事、誕生

 先月の22日、本ブログでツバメが保育園の玄関柱に新しい巣づくりをしていることをお知らせしました。その後、親鳥がじっと抱卵していましたが、いつ赤ちゃんが生まれるだろうかと見守っていました。ここ数日の間、お天気が悪くて巣を見るのを怠っていたところ、すでに赤ちゃんが誕生しているらしいことがわかりました。何羽生まれたか、はっきりわかりませんが、巣の下にツバメのフンがたくさん落ち始めたからです。ツバメの赤ちゃんはフンを巣の外に排泄し、たとえ巣の中で排泄しても、親鳥がクチバシで外に捨てるらしいということです。
 三日前に、「ツバメなぜ消えた…カラス? 虫減少? 実は人間こそが“天敵”」という見出しのニュースをネットで見ました。全国的にツバメも巣も両方減っているらしく、その原因として、カラスによる影響、ツバメのエサとなる虫が減少した、人間がツバメのフンが落ちるのを嫌って巣を撤去する、ということが指摘されていました。害虫を補食する益鳥ですから、これからも大切に保護して、今以上にたくさんのツバメが乱舞する環境を保ちたいと思います。

ヒナの頭が見える
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ヒナのクチバシが2つ確認できる
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2014-07-18 : 麦川保育園 :
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宝林廟のアガパンサス

 今日の午前は一時、薄日のさす曇り空でしたが、昼前から強い雨が降り続きました。九州南部では梅雨明けしたとニュースで伝えていましたが、当地はもうすこし先のようです。雨の降る前に、宝林廟にアガパンサスを撮りに上がりました。このアガパンサスはもともと寺の境内にあったものを、宝林廟が出来たあとに1株だけ移植したものです。去年もアガパンサスを載せましたが、それを見ると花茎が7本伸びて、放射状にそれぞれ花を付けていました。今年はなぜか花茎が1本しか伸びておらず、しかも花の咲き具合からして、もう終わりに近いようです。この白い花は先日載せたナツツバキと同様に、清楚な美しさを醸し出しています。

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2014-07-16 : 宝林廟境内 :
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宝林廟の堰堤(えんてい)

 宝林廟の境内地に1本の水路があります。その水路は谷(たに)からの水を麦川川(むぎがわがわ)に排水するためのものですから大昔から存在したと思われます。昭和52年、この地域の治山事業の目的で堰堤(えんてい)が造成され、同時に以前の水路も改修整備されました。 麦川川はもともと川幅が狭くて、私が幼・少年期には年中行事のように毎年、川が氾濫して地域の住民は寺の本堂に避難する水害がしばしば発生しました。堰堤の造成はそれからずいぶん後のことですが、谷水が一気に川に流入するのを堰き止める目的で造られました。
 下の写真からわかるように、堰堤の排水口は下に2つ、上に1つあります。普段は下の排水口から絶えず水が流出していますが、降雨量が増えると、上の排水口から滝のように多量の水が流れ落ちます。ここ数日の長雨で堰堤から勢いよく水が流れ落ちている様子を遠くから堰堤に近づくようにして数枚撮りました。

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堰堤が造成された時のプレート
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2014-07-15 : 宝林廟境内 :
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ナツツバキ(=シャラノキ)

 沖縄を通過して九州・西日本地方に大型の台風8号が近づいているということで、今日の午後あたりから当地にも強風が吹き荒れています。雨はまだ小降りですが、明日にかけて強く降るという予報です。無事、台風が通過してくれればと願っています。午前中に寺の境内に植えてあるナツツバキ(夏椿)の花を撮りました。緑の葉の間に清楚に咲く純白の花はとても清々しいです。朝に開花し、夕方にはしぼんで落花する一日花ですから、茶花にはどうかわかりませんが、切り花には使わないのではないでしょうか。
 ナツツバキは別名をシャラノキ(沙羅樹)とも呼びますが、インドの沙羅樹(シャーラ)とは別種の樹木です。辞書によれば、インドの沙羅樹は常緑高木で、淡黄色の小さな花をつけるとあります。ナツツバキは落葉樹です。
 仏教の開祖・お釈迦さまが亡くなられるとき、2本の沙羅樹の間に身を横たえて入滅される前の話が、仏典の『ブッダ最後の旅』(中村元訳 岩波文庫、pp.125-126)に、あらまし次のように伝えられています。

 尊師(=お釈迦さま)は弟子のアーナンダに、「私のために、二本並んだサーラ樹(沙羅双樹)の間に、頭を北に向けて床を用意してくれ」と告げると、アーナンダはそのように床を敷いた。そこで尊師は右脇を下につけて、足の上に足を重ねて横に臥した。そのとき沙羅双樹が、時季でもないのに花が咲き、満開になった。それらの花は尊者を供養するために体に降り注いだ。

 とあります。『平家物語』の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」という有名な冒頭の一節はこの話にもとづいているといわれます。

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2014-07-09 : 西音寺 :
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法語掲示版

 今月の門前の法語掲示板には、次の法語が掲示してあります。

      念仏して 五欲の暑さ 忘れうぞ  (句仏上人)

 まだ梅雨明けしていないので、本格的な暑さはこれからです。猛暑の夏になるのかどうか、今から気になります。というのも、僧職にある私にとって真夏の8月は、ご門徒のお宅の「盆のお参り」が待ち受けているからです。8月はひたすら読経して、お念仏を称える毎日が続きますが、財欲・色欲・飲食欲・名誉欲・睡眠欲という五つの欲望(五欲)から離れよう(忘れよう)としても離れられないのが煩悩具足の凡夫たる私です。そんな私でも阿弥陀仏に救われていく世界があるから安心です。
 この句の作者・句仏上人とは、東本願寺第23代法主・大谷光演師(1875年/明治8年ー1943年/昭和18年)のことで、句仏という俳号は「句を以って仏徳を讃嘆す」の意味といわれる。

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2014-07-04 : 西音寺 :
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アジサイの今

 昨日の本ブログでアジサイがシカの食害を受けたが、花は見ごろであるとお伝えしました。食害のため昨年ほどではありませんが、十分楽しめると思います。その様子を撮りました。

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2014-07-01 : 宝林廟境内 :
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浄土真宗本願寺派 西音寺 住職  
住所:山口県美祢市大嶺町奥分 2058
電話 0837-52-0415

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