FC2ブログ
宝林廟 西音寺 麦川保育園 麦川地域などの情報を写真で紹介

美祢西組 連研 (第3回)

 昨夜は美祢西組の第3回連研が開かれました。会場は杉原の円楽寺さんでした。今回は浄土真宗の儀式と法要の一環として、「葬儀や法事は何のためにするのですか」ということをテーマに学び合いました。夕食を早めに済ませた連研受講者の皆さんが市内各地から集まって、午後6時半から出席者全員で『正信偈』のお勤めをしました。。そのあと、講師の長念寺さんが今回のテーマに関する問題提起として導入的なお話をされました。
 途中、休憩をしたあと受講者が3つの班に分かれて、今回のテーマである法事(法要)は何のためにするのか、最近に家族葬が多くなった理由は何か、仏壇は先祖のいるところなのか、といった話題を各グループごとに話し合いました。そこで出たいろんな意見を各グループの担当者が集約して報告し、それを受けて再び、長念寺さんが総括的なお話をされました。ふだん、あまり考えることなく、慣習的に仏事を行っているといった意見がみられた葬儀や法事について、その目的と意義を考える機会となったことでしょう。

講師(長念寺住職)から問題提起
P1090385.jpg

P1090384.jpg

グループに分かれて話し合い
P1090388.jpg
2014-09-27 : 美祢市 :
Pagetop

茶話会 (第19 回)

 今日は午後2時から「茶話会」が開かれました。たまたま門徒さんの御堂葬(みどうそう: 寺で行う葬儀のこと)と重なったため、いつもの門徒会館ではなく、急遽、保育園のホールに場所をお借りしました。今回は吉田松陰について長年、研究しておられる岩野和夫さんに、来年一月から始まるNHKの大河ドラマ「花燃ゆ」の主人公で、あまり知られていない吉田松陰の妹、杉 文(すぎ ふみ)について、その母親の滝(たき)、兄の松陰、最初の夫・久坂玄瑞らをめぐる、さまざまな人間模様、とくに杉家の家系とその家族、久坂家の系図、松陰の母親と三人の妹ら、松陰をめぐる婦人などの詳細な資料を配付されてお話されました。今回のお話と資料は来年の大河ドラマを見るのにとても参考になるものでした。今日の出席者は16人でした。

P1090380.jpg


2014-09-26 : 西音寺 :
Pagetop

秋のお彼岸

 秋分の日の今日はお彼岸の中日です。恒例の仏事として、午後から本堂で、「秋季彼岸会法座」(講師 安方慶哉師)が開かれました。台風16号が接近しているという予報で、天気が心配されましたが、幸いにも日中は日が差す良いお天気になり、過ごしやすい一日でした。午前8時と午後1時からの2回、納骨堂で読経し、9時からは宝林廟での読経を勤めました。
 宝林廟はご門徒の方以外にも、インターネットがご縁となって納骨された方、遠方から納骨に来られた方など、いろんな方が納骨されています。そのため、普段なかなかお参り出来ない方に、本ブログを通して宝林廟の様子をお知らせしています。今日も宝林廟での読経と参拝者のお焼香が終わったあと、参拝者された方の記念写真を撮りました。

276_7700.jpg
2014-09-23 : 西音寺 :
Pagetop

ヒガンバナとムクゲ

 お彼岸が近くなると、毎年忘れずに花開く「ヒガンバナ(彼岸花)」があちこちで目につきます。ヒガンバナといえば赤い花をイメージしますが、白い花(純白ではなく、アイボリー色)もあります。宝林廟の花壇にも毎年、白いヒガンバナが咲きます。明日のお彼岸の中日の準備のため宝林廟に上がり、ついでにヒガンバナとムクゲの花を撮りました。
 「ムクゲ(木槿)」は今年の春先に町内の下野さんが苗木を植えられたのですが、シカが苗木の先端部分をかじってしまったため、シカ除け用にネットで囲いをして大切に育てておられます。
 そのおかげもあって、先日から白い花に中心部分が赤い、底紅(そこべに)のムクゲが咲き始めました。蕾がたくさんついていますから、これから次々と咲き始めるでしょう。ちなみに、底紅種のムクゲは利休の孫・千宗旦が好んだことから、「宗旦木槿(そうたんむくげ)」とも呼ばれるそうです。

花壇に咲く白いヒガンバナ
P1090348.jpg

底紅種のムクゲ
P1090335.jpg

三輪咲いています。これから次々と咲くでしょう
P1090343.jpg

シカ除けのネットに囲われたムクゲ
P1090353.jpg
2014-09-22 : 宝林廟境内 :
Pagetop

宝林廟の納骨

 昨日から秋のお彼岸に入りました。日曜日の今日は朝から秋晴れの爽やかな天気に恵まれました。今日はネットによって宝林廟の存在を知られた宇部市のS家の家族、親族の皆さんが納骨に来られました。Sさんのお話によれば、樹木葬や海への散骨なども考えたということですが、埋葬する場所、亡き人を偲ぶ「よすが」として、のちのちの墓参のしやすさ、納骨費用など、いろいろ検討した結果、宝林廟への納骨を選択されたということで、本日の納骨になりました。
 なお、このように宝林廟に納骨された方を紹介するのは、本ブログによって宝林廟を知られた方で、しかも写真掲載を許可された方だけです。

P1090298.jpg
2014-09-21 : 宝林廟 :
Pagetop

県道の鉄壁の撤去工事

 寺の前に狭小な麦川川(むぎがわがわ)が流れており、その川に沿って県道38号美祢油谷線が走っています。この川沿いの県道はこの地域に炭鉱が操業していた昭和46年以前には荒川の榎山炭鉱から大嶺駅まで石炭を運ぶ炭車が走る線路が敷設されていました。しかし、もともと麦川を通る道は町筋の狭い道しかなかったため、閉山後、不要になった炭車路に新たな県道のバイパスが新設されました。
 山陽無煙鉱業所が閉山後、跡地に宇部電気化学が新たに操業したが、当時まだ麦川地区に多くの住民が住んでいたため、公害防止対策として高さ6メートル近い鉄製の壁面が道路に沿って築かれました。正確にはいつごろこの鉄壁が築かれたかわかりませんが、長い年月がたって、全面が赤く錆びた鉄壁は殺風景な景観となっていました。
 昨日から、この無粋な鉄壁を撤去する工事が始まりました。その理由は、川幅の狭い麦川川を拡張するため、それに先だって県道を宇部サンド側に移設し、それが終わったあとに河川改修工事に入るという前途遼遠な計画です。何年計画か、見通しのたたない工事が始まるわけですが、麦川の歴史を残しておくために写真を撮りました。今後も作業の進行を載せていきます。
 
撤去工事が始まる前の宇部サンド入口
P1090222.jpg

手前部分の鉄壁が撤去された
P1090256.jpg

撤去後の基礎部分
P1090259.jpg

以下は県道沿いの鉄壁を麦川から上麦川方面に向かって順に宝林廟見晴台から撮る
P1090254.jpg

P1090252.jpg

P1090251.jpg

P1090250.jpg

P1090248.jpg

P1090246.jpg
2014-09-17 : 麦川地区 :
Pagetop

新聞記事 「埋葬のかたち、広がる選択」

 昨日の記事につづいて、「終わりの選択、どうする?お墓(下)」が掲載されたので、紹介します。今日の大見出しに、「埋葬のかたち、広がる選択」とあるように、これまで一般的であった亡くなったら家墓に埋葬というかたちだけではなく、さまざまな埋葬の仕方が出てきたという内容です。
 今の日本の埋葬方法には家墓のほかに、納骨堂、永代供養墓、散骨、樹木葬などがありますが、記事は、海への散骨、寺の納骨堂、合葬墓(=永代供養墓)の三つの事例をあげて、それぞれの特徴が示されています。そして、将来、どのような方法で埋葬してもらいたいか、元気なうちに家族とよく話し合っておくことが重要だと結ばれています。
 いろんな埋葬のかたちが出てきた背景として、個々の家がこれまでのように先祖代々の家墓を子や孫に継承していくことが難しくなったことにあると思います。それとともに、個人の価値観が多様化して、「墓に入りたくないから、海に散骨してほしい」、「夫と一緒の墓に入るのは嫌だから、実家の母の墓に入りたい」、「独り身だから、友だちと一緒のお墓に入りたい」、「石の墓の中はいやだから、桜の木の下に埋葬して」といったような、自分の意思をかなえることができるようになったことも関係しているでしょう。
 いずれにしても、まちがいなくやって来る人生の終焉を見つめて、その心づもりを今からしておくことは、決して無駄なことではないでしょう。残された人生をより良く生きるために。

 『朝日新聞』 (平成26年9月12日付)
 朝日新聞(H26 9 12)

 (以下は上掲の『朝日新聞』から転載)
 家族で代々受け継ぐ石の墓に代わって、さまざまな埋葬のかたちが出てきました。新しい選択をした人たちを通して、それぞれの特徴を取材しました。
 
 <散骨、沖縄の青い海に>
 沖縄の青い海にパウダー状の骨が消えてゆく。それを追うように遺族がバラの花びらを浮かべ、お別れをした。
 東京都武蔵野市の女性(68)は家族や親戚7人で船をチャーターし、早逝した息子の散骨をした。「お墓は暗いイメージがあって。旅行の思い出のある沖縄の海で、自由にしてあげたかった」
 散骨業者が加盟する日本海洋散骨協会によると、散骨には遺族自身によるもののほかに、業者に任せる委託散骨がある。ネットで格安の葬儀を受け付ける葬儀会社「小さなお葬式」は、昨年7月から全国一律5万5千円で委託散骨するサービスを始めた。
 
 墓石を持たない選択として、ロッカー式の納骨堂も需要がある。東京都の女性(66)は昨年、神奈川県内にあった墓を引き払い、先祖の遺骨を臨済宗実相寺青山霊廟(東京都港区)の納骨堂に移した。魅力は地下鉄外苑前駅から徒歩2分の駅チカ。室内にあり、お参りは天候に左右されない。掃除も不要だ。「無縁墓になる心配がなくなったのもありがたい」

 <おひとりさまの「墓友」>
 血縁に頼らず墓を継承していこうという動きもある。5月、バラが咲き乱れる墓に50人の女性が集まった。同じ墓に入る予定の“墓友”だ。
 女性おひとりさまの“終活”を応援するNPO法人SSS(スリーエス)ネットワークは、2000年に東京都府中市の霊園に合葬墓を設けた。現在、約300人の女性が生前契約し、21人が眠る。
 「1人で生きてきた女性の最後の心配はお墓なんです」と、代表の松原惇子さん(67)。最近は「夫と同じ墓に入りたくない」「子どもに迷惑をかけたくない」と契約する人もいるという。入会金1万円、年会費1万円で正会員になるなどして、墓友を持つ。墓友同士で旅に出たり、週末農業に出かけたり。新しいつながりも生まれている。
 東京都豊島区の寺院・功徳院の合葬墓。運営は生前に墓に入ることを契約した会員らが行う。宗派は問わず、埋葬には1人10万円。別途入会金1万円と年会費2千円を払い、管理費などに充てる。都内の男性(65)は姉と一緒に契約した。「両親の墓は浅草にあるが、私はここに入る。継承者がいないので周りに迷惑をかけたくない」
 
 <元気なうちに話し合い必要>
 代々受け継ぐ家墓に代わる新しいタイプの墓の値段や留意点について「はじめての喪主 葬儀・葬儀後マニュアル」(秀和システム)の著書がある葬儀・お墓コンサルタントの吉川美津子さんに聞いた。
 海への散骨は、比較的低料金で墓石は不要。業者に委託する場合は5万円程度。他の遺族と合同で船をチャーターし散骨するなら10万円から。一家族でチャーターするなら20万円からが相場だ。
 最近は墓を持ちたくない、持てないといった理由で散骨を選ぶ人も多い。ただ、本人が希望しても、手元に骨が残らないことで遺族がとまどうこともある。一部を散骨にして、一部を残し、供養する人もいる。
 納骨堂は古くからあったが、最近は鍵があり、遺骨を個別に保管できるロッカー式や、タッチパネルで操作すると遺族が参る場所に遺骨が移動する可動式など、多彩だ。室内にあることが多く、交通の便がよかったりバリアフリーだったりと、お参りのしやすさが支持されている。値段は50万~150万円が多く、売れ筋は100万円以内。
 合葬墓は比較的安く、継承者の有無を問わない。値段は数万~80万円程度。基本的に一度入れた遺骨は取り出せないところが多い。他人の遺骨と一緒になることに抵抗感がないか。家族の同意もあったほうがいい。
 吉川さんは「元気なうちにどうしたいのか、本人だけでなく家族と話し合うことが重要です」と話す。
 (才本淳子)
2014-09-12 : 新聞・書籍・TV :
Pagetop

新聞記事 「守り継ぐため 墓を引っ越す」

 7月末にも「継がれぬ墓 無縁」、「少子化 墓守が不在」という見出しで、お墓に関する記事が掲載されましたが、今日の新聞にもお墓の引っ越しについて載っていましたので、紹介します。
 見出しに、「終わりの選択、どうする?お墓 (上)」とあるので、最近とかく話題になっている、いわゆる「終活(しゅうかつ)」にかかわる一つとして、お墓の問題が採り上げられたのでしょう。今日の記事は、
 「 地方から都会へ、お墓の引っ越し「改葬」をする人が増えています。過疎化、少子化でお墓を守り継ぐ支え手がいなくなり、血縁に頼らない新しいスタイルのお墓も広まっています。あなたはご先祖の、そしてご自身のお墓をどうしますか?」
 という問いかけから始まっています。
 私の住む美祢市は過疎化と少子高齢化とが急速に進んでいるところですから、いずれ無縁になるお墓をどうすればよいだろうか、という相談が以前からありました。宝林廟はそうした問題を解決する選択肢の一つになりうると考えて4年前に建立しましたが、実際、予想以上に多くの方から反響がありました。それだけお墓の問題をかかえている人が多いことの裏返しでもあります。
 今日の記事の大見出しは、「守り継ぐため、墓を引っ越す」とありますが、少子化の進行と核家族化が増大している日本の現状を見れば、たとえお墓を地方から都市部に移したところで、将来的に孫からひ孫へと代々お墓を守り継ぐことは容易でないだろうと思います。

『朝日新聞』 (平成26年9月11日付)
朝日(H26 9 11)

(以下は上掲の『朝日新聞』 から転載)
 地方から都会へ、お墓の引っ越し「改葬」をする人が増えています。過疎化、少子化でお墓を守り継ぐ支え手がいなくなり、血縁に頼らない新しいスタイルのお墓も広まっています。あなたはご先祖の、そしてご自身のお墓をどうしますか?

 大阪府枚方市の男性(71)は昨年、実家のある岡山県山間部の墓を引き払い、両親や祖父母の遺骨を大阪市内の墓地に移した。
 年1~2回、岡山に帰って墓の世話をしていたが、体がきつくなった。東京で暮らす40代の娘が1人いるが、男性が他界したあと岡山の墓の世話をするのは「きつい」と訴えていた。それで改葬を決意した。
 納骨先は「○○家」の家墓(いえはか)ではなく、血縁にかかわりなく不特定多数の人を埋葬する合葬墓(がっそうぼ)。岡山の墓石2基の撤去(40万円)、閉眼法要や住職への謝礼(20万円)、合葬墓への納骨費用(30万円)など約100万円かかった。
 「ずっと心にひっかかっていたことを解決できた。これで墓がほったらかしになることはない」。自身も大阪の合葬墓に入るつもりだ。「娘に負担をかけることもない」
 第一生命経済研究所が墓の心配事について35~79歳の全国600人にアンケートしたところ、「いつかは無縁墓になる」(50・3%)、「近いうちに無縁墓になる」(4・1%)と過半数が、墓守がいなくなる無縁墓になることを心配していた。
 そうしたなか、無縁化を避けて、地方から移す墓の受け皿となる都市部の墓地の需要が高まっている。
 東京の東急目黒線「不動前駅」から徒歩5分。都心の寺が管理する屋内霊園「ひかり陵苑」(品川区)には全国から申し込みがある。販売を代行するひかり陵苑販売の大野浩人部長(49)は「購入者の3分の1が地方からの墓の引っ越し。若い時に地方から出てきた60~70代の人たちが多い」。
 厚生労働省によると、改葬は97年度6万9862件だったが、05年度には9万6380件に上り、ここ数年は年8万件ほどで推移している。

 <役場で手続き必要 墓石は移せない>
 改葬を考えていても、どこから手をつけていいかわからない人は多いだろう。
 一度埋葬した遺骨を勝手に動かすことは、刑法の墳墓発掘罪や死体損壊等罪に触れる可能性がある。法的な手続きを踏んで進めていこう。
 大まかな流れはこうだ。
 ①移転先の墓地管理者に「受入証明書」または「永代使用許可証」をもらう ②元の墓がある市区町村役場から取り寄せた「改葬許可申請書」に元の墓地の管理者の押印をもらい、役場に提出。役場から「改葬許可証」を受け取る ③元の墓から遺骨を取り出し、移転先の墓地管理者に改葬許可証を提出して納骨する。
 この流れを把握したうえで移転先を決める。
 新しい墓に入る場合、元の墓石をそのまま持っていけるケースは少ない。霊園や寺の多くは出入りの石材業者が決まっており、新しい墓石の購入を求められる。合葬墓や納骨堂に納めるなら問題はないが、墓石にこだわるなら新しく買う必要がある。
 改葬の経費はいかほどになるのだろうか。供養・仏事関係の市場調査を行う鎌倉新書(東京)の担当者は「元の墓を更地にする工事で1平方メートルあたり10万~20万円。移転先で墓を新しく建てる場合は全部で230万~330万円。ただし移転先によってかなり幅があります」と言う。

 <トラブル回避へ 事前に寺と相談を>
 最もグレーなのが、元の寺に払うお金だ。国民生活センター相談情報部の加藤玲子さんによると、ここ数年で目立ってきた相談は、墓の撤去に伴い寺に払う「離檀料」の高額請求だという。東京の70代の女性からは「住職から160万円請求された」という相談があった。改葬には元の墓の管理者の押印が必要で、トラブルは避けたい。
 「離檀料」という名目の支払い要求が出てきたのは最近のことだという。「高額な離檀料を払う義務はない」と加藤さん。「しかし先祖代々世話になり、墓参りをしてなくても管理してくれた寺にいくばくかの謝礼を払う慣習はあります」
 墓や葬儀の情報サイト「エンディングパーク」を運営するアクトインディの泉水亜沙美さん(28)は「高くても20万円くらいではないでしょうか。普段からお寺と関係づくりをしておき、引っ越す場合は前もって相談することをお勧めします」と話す。
 全日本仏教会広報文化部の加久保範祐さん(54)は「盆暮れなどにつきあいがあれば、改葬トラブルは起きないはず」と言う。
 「時代とともに寺と檀家の関係は変わってきた。墓を任せきりの檀家さんも多いし、関係を築けなかった寺側も反省する必要がある。両方が歩み寄らなければならない」
 改葬前には、寺のほかに家族・親戚への相談も欠かせない。大切な人の慰霊の場の引っ越しである。事前の準備は万全にしたい。(才本淳子)
2014-09-11 : 新聞・書籍・TV :
Pagetop

「カフェ・ギャルリ とりのこ」の絵画作品展

 「カフェ・ギャルリ とりのこ」(美祢市西分叔母ヶ河内)で今度の日曜日(14日)まで、美祢市絵画同好会の「第5回 小品・作品展」が開かれているので、見に行きました。この同好会は市内在住の5人の画家のグループで、その中に西音寺のご門徒の石田茂さん(向原)と山根哲男さん(下領)が所属され、今日は偶然、「とりのこ」で石田さんとお会いしたので自作の前で写真を撮らせていただきました。
 お二人のお宅にはお盆やご法事でお参りすると、家のあちこちに自作の絵が掲げられているので、いつもその話で盛り上がります。またお二人には30号の大作を寄贈していただいており、それぞれ寺に来られた方がご覧になれるよう展示してあります。
 「とりのこ」にお邪魔したときは、いつもコーヒーを注文しますが、ここのコーヒーは注文を受けてから豆を挽いて、ドリップコーヒーが出ますので、大変おいしいです。また、器もウエッジウッドを使っておられますので、オーナーのこだわりがうかがえます。市内唯一のギャラリーを兼ねたカフェはおすすめです。
 
P1090174.jpg

石田茂さんとその作品(右側3点)
P1090182.jpg

P1090197.jpg

P1090194.jpg

P1090192.jpg

P1090191.jpg
2014-09-10 : 美祢市 :
Pagetop

礒村靖幸さんを訪ねて

 今日は西音寺の総代さんお二人と一緒に、光市にお住まいの礒村靖幸さんのご自宅にお邪魔しました。礒村家を訪問した目的は、年一回、秋に西音寺の本堂で開催している「お寺のコンサート(通称、寺コン)」に8回目の今年は生来の全盲で、知的障害もある天才的ピアニストの靖幸さんを11月3日にお呼びすることになり、そのご挨拶をかねて演奏会の打ち合わせをするためです。
 実のところ、私は靖幸さんのことをまったく知りませんでした。今年の始めころ、かつて高校の先生であった寺の総代さんから私の養護学校時代の教え子にこういう人がいるが、一度、寺コンにお呼びしたらどうか、というお話がありました。その人が礒村靖幸さんでした。靖幸さんの“人となり”やピアニストとしての才能について総代さんからお聞きしました。そこで、靖幸さんへの演奏依頼を総代さんにお願いした結果、快諾が得られたので、今日の訪問になりました。理髪店を営んでおられる礒村家は今日が休業日ということで、ご両親と靖幸さんの三人が待っておられました。
 靖幸さんは知的障害に自閉症もあるということで、もっぱらご両親に幼いころからの様子、養護学校小学部時代から、一度聴いただけで再現できるという特異なピアノ演奏の才能を発揮されたこと、養護学校の高等部を卒業された後は今日まで、全国各地で演奏活動を続けておられることなどをお伺いしました。またその間、テレビにもたびたび出演されているということです。こうして1時間あまり、寺コンでの演奏曲目や進行方法なども打ち合わせて、11月3日の寺コンでの再会を約束して、おいとましました。
 11月3日の寺コンの詳細は後日、本ブログでも紹介します。

スタインウェイのピアノの前で、靖幸さんとご両親
P1090166.jpg

ご自宅の礒村理髪店(本日は休業日)
P1090170.jpg
2014-09-08 : 山口県 :
Pagetop

麦川のボタ山

 麦川には石炭を採掘したときに出る捨石(これをボタという)の捨て場があり、長い年月の間に捨てられたボタは巨大な山になって、通称ボタ山と呼ばれる真っ黒い山がそびえ立っていました。その当時の写真は以前、本ブログにも載せました。今はその写真に見られるような当時のボタ山が姿を消してしまい、どこにボタ山があったのだろうかと、見回しても気づきません。その理由の一つは、閉山後、いつ頃からかは分かりませんが、ボタ山のボタを頂上部分から削り採り、トラックで運搬して補助燃料資源として活用されていました。長年にわたるボタの採取によってボタ山の頂上部は広大な平地に変形して、周囲の山から頭一つ抜き出ていたボタ山の姿は消えてしまいました。また、ボタ山の周辺に草木が生い茂ったこともボタ山が消えた理由です。
 最近、このボタ山の頂上が広大な平地であることに目をつけた業者が、この頂上部約13ヘクタール(約4万坪弱)の土地に太陽光発電のソーラーパネル33,176枚を設置し、7メガワット(一般家庭約2,200世帯分)の太陽光発電所を建設するという計画を地区住民に公表しました。建設工事は再来年の5月から始まり、発電事業は3年後の平成29年9月からということです。今日は良い天気に恵まれたので、何年ぶりかでボタ山に上がって写真を撮りました。

昔、ボタを捨てる炭車はこのトンネルを通り抜けて頂上まで一直線の線路が走っていた
P1090079.jpg

トンネルを抜けると、かつての炭車の線路道がまっすぐ上に伸びる
P1090080.jpg

ボタ山の中腹に昔の作業所のような廃屋が残っている。
P1090084.jpg

ボタを採取していたころのダンプトラックの指示標識が残っている
P1090161.jpg

ボタ山頂上部
P1090146.jpg

P1090143.jpg

P1090153.jpg

現在もわずかながらボタを採取している
P1090119.jpg

ボタ山で見つけた唯一の花(名前は不明)
P1090097.jpg

2014-09-07 : 麦川地区 :
Pagetop

お月見茶会

 麦川保育園では年長さんに上がった4月から週1回のお茶のお稽古が始まり、1年間お稽古を続けて卒園します。お稽古は毎回、裏千家の深川弘子先生から指導を受けます。深川先生は30年以上も前から本園の茶道を指導されており、毎週金曜日のお稽古日には自宅から茶道道具の他に、季節の花や茶菓子などを持参されて本格的な指導をされています。
 今年の中秋の名月は来週の月曜日の8日ということですが、今日は三日早い毎年恒例の「お月見茶会」が開かれました。まず、年長さん11人がお茶の接待を受ける組とお茶を点てて供する組の二組に分かれて、交互にお抹茶をいただいきます。そして、年長さん全員が一服いただくと、今日は「お月見茶会」ですから、特別に年中さんがお客としてお茶に呼ばれます。こうして全員がお抹茶をいただいて、1時間半あまりのお茶会はお開きになりました。
 先生は正式な作法に従って指導されますから、園児さんは毎回、先生から教えられたようにいろんな所作や言葉のやり取りを反復練習しています。今日もお茶の点て方、袱紗の使い方など、さまざまな決まり事をぎこちないながらも真剣な表情で行っていました。1年間のお稽古が終わって、来春3月卒園するときには、裏千家の家元から「茶道おしるし」の書面をいただきます。

P1090041.jpg

P1080985.jpg

P1080992.jpg

P1080997.jpg

P1090067.jpg

P1090033.jpg

P1090025.jpg

P1090043.jpg

P1090053.jpg



2014-09-05 : 麦川保育園 :
Pagetop
ホーム

プロフィール


浄土真宗本願寺派 西音寺 住職  
住所:山口県美祢市大嶺町奥分 2058
電話 0837-52-0415

カレンダー

08 | 2014/09 | 10
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

お知らせ

宗旨、宗派を問わず、どなたでも納骨できる宝林廟の納骨方法や納骨費用など、詳細は上記のメニューバーをご覧になるか、お電話(0837-52-0415)をください。パンフレットをご希望の方は下のメールフォームからご連絡ください。

メールフォーム

名前:
メール アドレス:
件名:
本文:

リンク