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チベットの鳥葬

 今から11年前の2003年11月、チベットへ一人旅をしました。いわゆる「バックパッカー」というバックパック(=リュックサック)を背負っての個人旅行でした。そのとき、たまたま遭遇したチベットの「鳥葬(ちょうそう)」の一部をカメラに収めていたので、紹介します。
 現在、日本での葬送はほとんどが火葬です。昔は土葬の方が一般的で、現在でもごく一部の地域では土葬の慣習が残っているところもあるようです。チベットの葬送方法は土葬、水葬、火葬、塔葬など、理由・目的によって異なりますが、昔から今日まで、もっとも一般的な葬送は鳥葬という遺体をハゲワシという鳥に食べさせて、後には髪の毛くらいしか残らない方法です。
 日本の火葬場が特定の場所にあるように、チベットでも鳥葬が可能な場所、すなわち鳥葬場は決まった場所にあります。私の見た鳥葬場はチベットの首都・ラサから47Km、車で約2時間あまり行った、海抜4700mの山の上にあるガンデン寺という寺の近くにあります。私はこの寺を2003年11月17日に訪問しました。そこに鳥葬場があることや、当日、鳥葬が行われることはまったく知りませんでした。
 寺に到着して周囲を散策しているとき、下の方を見下ろすとエンジ色の衣を着た僧侶の一団が見えたので、たまたま出会った土地の少女たちに尋ねたところ、いま鳥葬が行われているところだと教えられました。鳥葬のことは本で知ってはいましたが、それまで実際に見たことがなかったので、興味本位で山を降りて鳥葬場を見に行きました。
 すでに僧侶の一団は読経が終わって引き上げたあとで、遺族たちが鳥葬が終わるのを待っているところでした。遺族から鳥葬の現場を見るなと制止されたので遺族の近くにいたところ、しばらくして右手にナイフを持った隠亡(おんぼう)さんが鳥葬場から戻って来ました。この隠亡さんは遺体を刃物で骨まで細かく解体して、鳥が残さず食べられるようにする作業を終えて戻って来たところのようでした。遺体がほとんど鳥に食べ尽くされて鳥葬が終わったところで、遺族から現場を見ても良いという許可が出ました。恐る恐る覗いて見てみましたが、カメラは向けませんでした。これまで何度もチベットに行きましたが、鳥葬を見たのはこの一度だけでした。
 参考までに言えば、鳥葬の儀式は死者の魂を天に送るためといった誤解があるようですが、現地のチベット人から聞いたところでは、死者の意識(霊魂)はポアによって転移しているので、残った肉体は脱け殻のようなもので、その肉体を無駄にしないために鳥に施す(布施する)のである、という話でした。
 
ガンデン寺行きのマイクロバスの車中。乗客は私以外は皆チベット人
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日光いろは坂のように、曲がりくねった坂道が続くガンデン寺への山道
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ガンデン寺の山上から下界を眺める
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ガンデン寺遠景
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画面中央の左右対称の建物がガンデン寺本堂
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山の上から鳥葬場を見下ろす。エンジ色の僧侶の一団が画面中央に見える
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ガンデン寺周辺に住む土地の少女たち
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鳥葬場上空を旋回するハゲワシの群れ
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隠亡(おんぼう)さんが遺体を解体するのを遺族が振り返って見ている
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解体を終えた隠亡(おんぼう)さんが戻って来る。右手に解体用のナイフを持っている。
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遺族と隠亡(おんぼう)さんが鳥葬場の様子を眺めている
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2014-12-25 : 外国 :
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「蓮花の会」 例会

 今日の晩は豊北町阿川の善照寺で「蓮花の会」の例会と会の忘年会がありましたので出席しました。「蓮花の会」(会長:戸田佐和子さん)は仏教婦人会の組織とは別に、今から20年前に発足した善照寺の女性の会です。毎月第3土曜日の夜、例会が開かれ、毎回講師を呼んで仏教の勉強を続けておられます。そのほかにも今年20回目を数えた毎年8月に開催される「サマーコンサート」やバス旅行など、盛んな活動をしておられます。私はここ数年、12月の例会の講師に呼ばれてお話をするご縁をいただいています。今回は「葬儀」について、最近の葬儀事情をお話しました。出席者の皆さんからお伺いしたところでは、豊北町阿川地域と私の住む美祢市とは葬儀の様子もだいぶ違うように思いました。私の話が終わったあと、本年最後の例会ですから、会の忘年会が開かれ、会員の皆さんが手作りされた料理にアルコールも出て、楽しい宴会になりました。

忘年会の様子
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2014-12-20 : 山口県 :
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冬景色

 今日も肌寒い一日でしたが、日中は日差しのある良い天気でした。昨日から降った小雪が今朝、本堂や宝林廟の屋根に白く残っていたので、写真を撮りました。今冬は例年より寒く感じる日々が続いています。11月下旬から始まった、ご門徒の家々をお参りする「お取り越し」も来週で年内は終わる予定です。お参りすると、寒い中をたいへんですね、と声をかけていただきますが、着物を着ていますので、あまり寒く感じません。夏のお盆参りの方が暑くてたいへんです。

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2014-12-18 : 西音寺 :
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保育園の餅つき

 今日は朝から雪が降り、とても寒い一日でした。午後から保育園で餅つきがあったので、お手伝いに行きました。保育園の行事ですから、園児さんが主役の餅つきです。でも、杵でつくので、園児さんだけでは餅にはなりません。そこで園の先生が最初に臼に入れた蒸し上がった餅米を杵でつぶしこねる作業をします。
 ある程度、餅になったら、今度は園児さんが杵を持って、一人10回ずつ餅をつきます。つき上がった餅は先生がすばやく小さく切って、園児さんがかわいい両手で丸めて小餅を作りました。2時間余りの時間で、5臼の餅をつき、餡の入らない白餅と小豆餡の餡餅を作りました。今日のおやつは自分たちの作った餅を食べ、家にも持ち帰りました。今晩は親子で餅つきの話がはずんだことでしょう。

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2014-12-17 : 麦川保育園 :
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新聞記事 「ドリアン助川さんと考える終活」

 今日の『朝日新聞』に 「ドリアン助川さんと考える終活」という記事が載っていました。最近、世間では「終活(しゅうかつ)」ブームだといわれます。「終活」という言葉そのものは、数年前ごろから雑誌や新聞で見聞きするようになった、わりと新しい言葉で、「人生の終わりのための活動」を略したものです。「死」という誰しも必ず迎えなければならない人生の終焉を心残りなく迎えられるようにするための準備活動を意味します。
 師走の昨今、テレビを見ると、都会ではきらびやかな色彩のイルミネーションでショーウインドウを飾り、ジングルベルが鳴り響いて、クリスマス商戦とか称して、購買意識をあおる宣伝が盛んなようです。それと同様に、「終活」も葬儀、相続、墓石など死後にかかわりの深い葬儀屋、墓石店、生保、信託銀行、遺品整理業者など、さまざまな業者がビジネスチャンスととらえて、「終活フェア」、「終活セミナー」といった催しを行っているようです。私の住む田舎では、まだそのような催しがあったと聞いたことはありませんが、そのうち田舎でもそういった催しがあるかもしれません。
 この「終活」ブームはすべて金銭的、物質的な問題が取り上げられ、そこに欠けていると思われるのは、心安らかに死を迎えるには、自身がどう死に向き合い、残された人生をどう生きるべきか、そのための心づもりはどうすればよいのかといった、みずからの「生死(しょうじ)」を見つめる精神的なものが問われていないことです。私たち僧侶はそうした立場で少しでも「終活」に役立つことができれば良いがと思っているのですが…
 
『朝日新聞』 平成26年12月8日付
朝日新聞11月8日

上掲の記事を下に転載します(ただし、ドリアンの目:「泣かないで」棺おけで念じた、の部分は省略)。

 長い人生の幕引きに備える「終活」が中高年の間で盛んだ。葬儀や墓、遺産相続などをどうするか、元気なうちに考えておこうというのである。ショッピングモールでの終活セミナーまであると聞いた。いったい、どんな雰囲気なのだろう。
 11月下旬、さいたま市の「イオンモール与野」を訪れた。同行してくれたのは作家で詩人、道化師として活動しているドリアン助川さん。90年代、ラジオの深夜番組で中高生らの悩み相談を受け、生を支える言葉が反響を呼んだ。そのドリアンさんも52歳、人生の折り返し点を迎えた。大学時代は仏教を専攻し、もともと死の問題にも関心がある。「特に40代後半から考えるようになりましたね。あと2、3日で死んだとしても納得できるかなって」
 イオンと110以上の専門店が入った巨大施設。その専門店街の1階ほぼ中央、買い物客が行き交う広場に「終活フェア」と銘打つ会場があった。 「ここでやるの?」 ドリアンさんの第一声だった。「もっとひっそり、隅っことか仕切った部屋の中でやるのかと思っていました。ちょっと意外です。時代はこういう方向に動いているんだなあ」
 館内にはクリスマスソングが流れ、きらびやかなツリーが立っている。装飾品や女性服の店が並んでいる。それに取り囲まれて「お葬式」「永代供養」「保険」「相続」の相談コーナーがあり、講座用の机と椅子が並べられている。
 「これはかなりシュールな光景ですね。ん~、映画のワンシーンでも見ているようです」
 講座は午前と午後、30分ごとにテーマを変えて各2時間。出入り自由で、買い物の途中に立ち寄る人もいる。最初の講座「もめない相続」には20人近くが集まった。半数は夫婦連れのようだ。講師が語りかける。
 「お金の『ある・なし』と『もめる・もめない』は、これ、また別の話でございまして……」。スクリーンに「泥沼の争いを避ける方法はないのでしょうか」と映し出された。一斉にメモを取る参加者。何をあわてたのか、一人の男性が机に置いたメガネを床に落とした。
 カメラマンが遺影を撮ってくれるコーナーもある。ドリアンさんが「実際のご葬儀で使う人も?」と尋ねた。担当者は「はい。自分が生き生きとしている時の顔を見てもらいたいと、着物で来られる方もいらっしゃいます」。終活とは「どう人生の店じまいをするか」だけでなく、「死後にどう記憶されたいか」の活動でもあるのだ。
 もう一つの目玉は、ひつぎに入ってみるコーナー。死の疑似体験だ。ドリアンさんも試した。ひつぎに横たわると、スタッフの一人が小さな声で「受験生の時、ラジオ、聴いてました」。それを聞いて「ちょっとうれしい。自分の人生も無駄ではなかったな」と笑った。
 ドリアンさんはすっきりした顔で「ぼくたちの人生って、葉っぱの上の水滴のようなものじゃないかな」と語る。
 「太陽の光にキラキラして、でも、午後には消えてしまう。自分を存在させ、やがて奪い去るものを、ある人は神と言い、ぼくは『時』と呼びます。それといかに良い関係をつくり、最期までキラキラするか。『こんな最期を迎えたい』と相談し、一緒に考えてくれる人がいるのはいいことです」
 「ただ……」と付け加えた。「死にとらわれすぎるのもよくないですね。もっと自由な死のあり方があっていい、ということは、もっと自由な生き方があっていいということ。終活のために生きてるんじゃありませんからね」(磯村健太郎)


2014-12-08 : 新聞・書籍・TV :
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子ども報恩講

  今日から報恩講が始まりました。午前中は保育園の園児さんが「子ども報恩講」に全員でお参りしました。園児さんは本堂で、「歌のおつとめ」をし、「ほとけの子の誓い」を唱和し、仏教讃歌を歌い、園長のお話を聞き、最後に全員がお焼香して終わりました。園児さんが成人し、やがて中高年になって何十年ぶりかに再び、寺の本堂にお参りする機会があったとき、保育園のときに本堂にお参りし、仏さまに手を合わせた思い出を語られる方が何人もいらっしゃることから、こうした幼年期に体験したことは、のちのちまで強く記憶に残っているようです。

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2014-12-05 : 麦川保育園 :
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報恩講の荘厳

 明日から三日間、「報恩講」が勤まりますので、今日は本堂内陣のお荘厳を準備しました。昨日の本ブログで「報恩講」が最も大切な寺の法要であると言いましたが、それだけに準備も大変です。中でもお飾りの重ね餅を作ることが最も大変です。先の日曜日に餅つきをして、それをお供え用に丸い小餅を作って、昨日は下の2枚目の写真に見られるように、小餅を筒状に積み重ねてお飾りを作りました。その他にもお花や菓子、リンゴのお供えをして準備しました。これらの作業は仏教婦人会(善女教会)の皆さんが奉仕していただいたおかげで、とどこおりなく準備が出来ました。寒い季節ですが、一年の締めくくりともいえる「報恩講」を無事、済ませることができればと願うところです。

ご本尊・阿弥陀如来
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阿弥陀如来 尊前のお供え
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宗祖・親鸞聖人
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本願寺・第八世 蓮如上人
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右余間 四幅の御絵伝
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左余間 七高僧と聖徳太子
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2014-12-04 : 西音寺 :
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四幅の御絵伝

 明後日から3日間、拙寺の「報恩講(ほうおんこう)」が勤められます。「報恩講」は浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の遺徳を偲び、聖人の伝えられた教えを聴聞する、寺の年中行事の中で最も大切な法要です。今日ご紹介する四幅の「御絵伝(ごえでん)」は報恩講の時に余間(よま)に掛けられる、聖人のご生涯を絵で表した掛け軸です。この御絵伝には『御伝鈔(ごでんしょう)』という、聖人の曾孫である本願寺第3世の覚如上人(1271-1351)が著した詞書(ことばがき)が添えられていて、両方を併せて「本願寺聖人親鸞伝絵(ほんがんじ しょうにん ・しんらんでんね)」と言います。
 下の写真は今日、拙寺の余間に掲げられた四幅の御絵伝で、その裏面に書き付けられた記録によれば、西音寺第15世住職・川越音暢師の願い出によって、本願寺21世・大谷光尊師(1850-1903)から明治13年(1880)12月11日付けで下付されたものと分かります。爾来、今日に至るまで134年間、毎年の報恩講にこの御絵伝が掛けられて来たことになります。
 四幅の御絵伝のそれぞれにどのような絵が描かれているか詳しく見るために、『御絵伝に見る、親鸞聖人のご生涯』(編著 山口教区基幹運動推進委員会 平成22年11月)に付属するCDから一幅ずつ下に転載しました。なお、各幅の絵は時系列的に第1幅の下から上へと順に見るように描かれています。

西音寺右余間に掲げられた四幅の御絵伝。右から順に第1幅~第4幅。
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第1幅 (以下の四幅の御絵伝は、『御絵伝に見る、親鸞聖人のご生涯』に付属のCDから転載)
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第2幅
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第3幅
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第4幅
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2014-12-03 : 西音寺 :
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浄土真宗本願寺派 西音寺 住職  
住所:山口県美祢市大嶺町奥分 2058
電話 0837-52-0415

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