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チベット仏典の印刷ーその3ー

 昨日に続いて、私が訪れた3ヵ所目のチベット仏典印刷所を紹介します。今回はラサ市北郊のセラ寺内にある印刷所です。セラ寺は膨大な数のチベット仏典を日本に請来した本願寺派の僧侶・多田等観師(明治23年生ー昭和42年没)が10年間修行した寺として知られています。
 さて、セラ寺の印刷所は長い参道を歩いて行くと左側に現れる最初の2階建ての建物です。入り口を入ると中央に仏典などを販売している売店とソファーが置いてあるので、そこに座って管理人とお茶を飲みながら雑談が出来ます。チベット人の良さは見知らぬ異国人でも気軽にお茶をサービスしてくれるフレンドリーなところが好きです。
 チベットでは学校で中国語を勉強し、それ以外ではチベット語を使うバイリンガルの人が多いので、ラサあたりでは中国語が普通に通じます。下の写真のセラ寺の僧である管理人は中国語で話かけると、理解できない素振りをして相手をしてくれませんが、英語で話しかけると応じてくれる人でした。チベット人の中には英語を勉強している人が多くいるようで、その学習塾もありました。
 ここの印刷所は2階に作業所があるのですが、管理人から上がるのを止められたため、作業風景は見ることが出来ませんでした。下の写真は1階の内部ですが、膨大な版木が保管されていて、部屋の片隅で印刷工が仕事をしていましたが、多くの工人は2階で印刷しているようです。ここで印刷した仏典は1階の売店で販売しています。

セラ寺印刷所の看板
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印刷所出入口
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印刷所の管理人。後ろに見えるショーケースに陳列している仏典などが購入出来る。
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膨大な数の版木が収められている
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部屋の片隅で印刷工が作業中
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セラ寺学堂
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セラ寺参道
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2015-02-28 : 外国 :
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チベット仏典の印刷ーその2-

 前回に引き続いて、ラサ市内にある別の仏典印刷所について紹介します。この訪問も10年以上前のことですから、現状はどうなっているかわかりません。この印刷所は前回紹介したジョカン寺(大昭寺)の近くにあるメル寺(木如寺)の境内にあります。
 下の最初の写真に出入り口の看板が掛けられていますが、左側はメル寺というチベット語と木如寺という中国語表記の看板です。それと対になった右側の看板は「自治区仏協印経院」と表記されています。私が境内に入って印刷所の建物を覗くと、印刷工が仕事中でした。その当時、チベットではチベット大蔵経の版本の一つである「ナルタン版」論疏部(テンギュル)の版木を完全復刻するプロジェクトが進行中で、出来上がった版木はここの印刷所で次々と印刷されていました。
 この寺の一角にある「大蔵経辧公室」ではラサ版という経典の印刷本を販売しており、たまたまラサ版大蔵経を購入する現場に出くわしました。購入者に何の目的で大量の経典を購入するのか、と尋ねたところ、家の中に飾っておくという答えでした。経典を読誦ためではなく、家に飾って安置することに何か意味があるのか、先祖供養とか家内平安といったご利益のようなものがあるのか、その辺りのことはよくわかりません。

メル寺とその境内にある印刷所への出入口
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メル寺
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印刷道具: 右が版木に墨を塗る刷毛、墨を塗った版木に印刷紙を載せ、左のバレンでこする
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印刷した経典を並べて順番に整理する
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メル寺内の事務所で販売するラサ版大蔵経を在家者が購入するところ
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一帙ずつ黄色の布に包まれて販売する。立っている男が経典の購入者
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2015-02-27 : 外国 :
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チベット仏典の印刷

 チベット仏教の経典は筆写した経本もありますが、広く普及させるため15世紀ころから木版印刷によって作成されています。近年は昔の木版印刷本をデジタル印刷した経本もありますが、失われた版木を新たに復刻したり、版木庫に保管されて来た古い版木を用いて、昔ながらの木版印刷が現在も続けられています。
 今から10年以上も前になりますが、私はチベットの都・ラサ市内にある3ヵ所の印刷所を訪れ、実際に木版印刷を行っている現場を見学しました。その一つはポタラ宮殿に付属した「シュー印刷館」(シューパルカン)と呼ばれる古くからの印刷所です。ここで働いている印刷工たちはニェモという、ラサから車で5時間くらいの地方からのいわゆる出稼ぎ印刷工たちが仕事をしています。10代の少年から40代くらいの独身者や家族持ちの者まで、十人ばかりが朝8時すぎから夕方4時ころまで、この印刷所で仕事をします。
 ここには写っていませんが、印刷工を雇っている親方がいて、一日の賃金は出来高払いで支払われるようです。仕事が終わると、ラサ市内のそれぞれのアパートに帰宅します。下の写真でツァンパを食べている20代の独身青年にアパートに招かれて行くと、彼が印刷しているチベット高僧(ツォンカパ)の書籍を一巻プレゼントされました。現在も大切に保管していますが、それを見るたびに、チベットのことが懐かしく偲ばれます。

昔のシューパルカン印刷館
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シューパルカンの背後に壮大なポタラ宮がそびえ建つ
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立木の後ろの平屋が現在のシューパルカン印刷所
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2人一組で印刷する。左の男の後ろに版木がうず高く積まれている
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車座になって全員で昼食
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主食はツァンパ(裸麦の粉を煎ったものにバター茶を加えて手でこねて食べる)
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主食のツァンパに副食はヤク肉と野菜の煮込みだけの質素な昼食
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この少年も学校には行かないで、毎日印刷工として仕事をする。
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赤ちゃんを抱っこしている10才くらいの少年も印刷工
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青年印刷工から頂いたチベット仏典
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2015-02-19 : 外国 :
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麦川保育園の第一回卒園写真 (昭和28年)

 西音寺の境内に麦川保育園が開園されたのは、昭和27(1952)年5月15日のことでした。昭和20年の終戦によって招集解除され、自坊に戻って祖父から住職を継承した私の父はまだ20代の青年住職でした。その当時、無煙炭の産炭地として賑わっていた麦川、白岩、荒川などの地域は、戦後のベビーブームで生まれた多くの乳幼児で溢れかえっていました。
 そうした地域の状況を見た父は、仏教の社会福祉活動と仏の教えを生かした幼児保育を思って、保育所の設置を決意したようです。開園にこぎつけるまでには幾多の困難があったようですが、ご門徒、地域の方々、行政など多大な支援があったため、ようやく園舎を新築することができ、麦川保育園が新設されました。
 下の写真は白須猛様(美祢市大嶺町平原坂在住)からお借りした昭和28年3月の第一回卒園写真です。創設当時の真新しい園舎をバックにして園長の父を始めとする全職員と全園児の卒園記念写真です。園舎は現存していませんが、左端に現在もある経蔵のひさしの柱が見えます。最後列には大人が6人写っていますが、左端の女性は当時25才だった私の母で、園長の右隣には母の妹の栄さん(現在、宇部市西覚寺の前坊守として健在)が写っています。当時5才の私もこの写真の中に写っているはずですが、自分では確認できませんでした。

写真提供は白須猛様
第1回卒園式 2013-04-27 20-35-04 3653x2566
2015-02-15 : 麦川保育園 :
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西音寺 : 茶話会(第20回)

 立春は過ぎましたが、寒い毎日が続いています。今日の午後2時から門徒会館で「茶話会」が開催されました。今回は美祢市役所・商工労働課で消費生活相談員をされている中嶋誠さんに、「身近な悪徳商法について」というテーマで、どんな悪徳商法が横行しているか、また中嶋さんが相談を受けた美祢市での悪徳商法について、過去の事例をあげながらお話していただきました。
 悪徳商法といえば、床下や屋根瓦などを無料点検してあげますといって高額で不必要な工事をさせる「点検商法」、未公開株に投資すれば絶対に儲かるなどとウソを言って出資金をだまし取る「利殖勧誘商法」、健康食品などを一方的に送りつけて購入させる「送りつけ商法」、あるいは「振り込め詐欺」、「架空請求詐欺」、「還付金詐欺」、「催眠商法」など、多様な詐欺犯罪があること、年齢的には60~70代の女性に被害者が多いこと、被害にあわないための対策、などを配布資料と紙芝居を使ってわかりやすく解説していただきました。
 そのあと中嶋さんとの雑談のなかで、慈善団体を装った訪問者に騙されたという体験談、、詐欺のような電話を受けたことがある、知り合いの者が騙されたという話も出ました。今日の出席者は寒い日であったせいか、いつもより少ない12人でした。

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2015-02-10 : 西音寺 :
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節分の豆まき

 今日は麦川保育園で節分の行事の「豆まき」が行われました。先生が「節分」とは何か、なぜ、「豆まき」をするのか、「福と鬼」の意味は何かなどを園児さんに話して、そのあと「豆まき」が始まりました。本物の豆を鬼に向かって投げるのではなく、柔らかい小さいボールを、「福は内、鬼は外」と掛け声をかけて鬼に投げつけます。でも、3歳未満児の中には、鬼の形相に恐れをなして、大声で泣き出す子が毎年、何人かはいますが、今年も大泣きの子、ケロッとしている子など様々です。幼い頃にこうした行事を体験することは、次第にすたれつつある日本の伝統文化を学ぶうえでも大切なことと思います。「豆まき」行事が終わったあと、お昼の給食は恵方巻きと鬼さんコロッケを食べました。

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ランチメニュー「恵方巻きと鬼さんコロッケ」
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2015-02-03 : 麦川保育園 :
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浄土真宗本願寺派 西音寺 住職  
住所:山口県美祢市大嶺町奥分 2058
電話 0837-52-0415

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