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美祢西組 連研 (第9回)

 9月も終わりに近づき、さわやかな秋の季節になりました。寺の境内では金木犀の甘い香りがただよう今日このごろです。昨夜は美祢西組の連続研修会(=連研)第9回が夜6時半から伊佐町の随応寺で開催されました。今回は「私は神さまも仏さまも信じていますが、それではいけないのですか」というテーマで研修(担当講師:生蓮寺住職)が行われました。
 世界中の国や地域において誕生、成人、結婚、死という人生の重要な節目に行われる通過儀礼があります。日本では、よく言われるように生まれたらお宮参りをし、結婚式はキリスト教式にチャペルで挙式をして、死んだら仏式の葬儀を執り行うといった各種の宗教のかかわった通過儀礼が一般的に行われています。
 このようなたとえ信心があってもなくても、多神教的な儀礼を行うことはキリスト教徒やイスラム教徒にとってはとても奇異に見えるといわれます。また外国人から、「あなたの宗教は何ですか?」と尋ねられて、「私は無宗教です」と答えたならば、その人は信用されないと聞いたこともあります。
 日本仏教の檀家制度は江戸時代の寺請制度が元になりました。江戸幕府はキリシタンでないことを寺院に証明させるため寺請証文を寺院に発行させ、それを受けた民衆は寺院の檀家となったということです。他方、明治政府は寺請制度に代わって明治4年、国民に地元の神社の氏子になるよう義務づけた氏子調(うじこしらべ)という法令を定めました。この法令はわずか2年あまりで廃止されたが、一村一社での氏神-氏子意識を定着させる氏子制度、神社神道の始まりになったといわれます。
 こうした歴史的な経緯があって、仏壇と神棚が両方とも存在する家が多いのですが、近年の過疎化と核家族化という社会変化の影響を受けて檀家制度も氏子制度も近い将来、維持できなくなるように思われます。

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2015-09-26 : 美祢市 :
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秋季彼岸会

 秋の彼岸の中日に当たる今日は例年どおり、納骨堂(宝林閣)と永代供養墓(宝林廟)での供養と本堂での法座が開かれました。まず8時に納骨堂での勤行を済ませたあと、宝林廟に上って9時から読経を勤めました。ここ数日、秋晴れの良いお天気が続いていて、今日も少し暑いくらいの日差しの中を皆さんがお参りされました。普通ならば、このあと寺に戻って午後の法座の準備をするところですが、今日は墓を引き払いたいというご門徒の墓地のお参りに引き続き行きました。
 近年、墓を撤去する、いわゆる「墓じまい」をされるご門徒が急に増えて来ました。その理由はいろいろありますが、今日の場合は将来、無縁墓になるというわけではなく、山の中に昔からの共同墓地があって、お参りするのに次第に不自由を感じるようになったからということのようです。そこで元気なうちに墓を引き払って、お参りが容易な納骨堂にお骨を移したいと希望されました。過疎化と高齢者家庭の増加が年々進む当地では、先祖代々の墓を守れなくなったご門徒が増えており、今後とも「墓じまい」をされる方が増えるだろうと思われます。
 午後は1時から納骨堂での勤行を済ませたあと、1時半から彼岸会法座を本堂で勤めました。本日のご講師は油谷町の龍雲寺住職・長岡裕之師でお彼岸にちなんで、浄土往生のことを「お浄土に帰る」と言い表すことの意味について、譬えを引きながらわかりやすくお取次ぎをしていただきました。

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2015-09-23 : 宝林廟 :
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台湾旅行 (4)ー台北 法鼓山 農禅寺ー

 昨日までで一応、台湾での用事が終わったので、予定のない今日は台北市北投にある法鼓山(ほっくさん)に行ってみることになり、悟寧師の運転で台北へ向かいました。法鼓山といっても登山する山のことではなく、仏教僧団の呼称です。法鼓山は台湾の四大仏教寺院の一つで、その他の仏光山(高雄)、中台禅寺(南投)、慈済基金会(花蓮)の三つを合せて「四大山頭」と称するそうです。これまで法鼓山と中台禅寺には行ったことがなかったのですが、このたび法鼓山に行くことが出来ました。
 法鼓山の発祥の地である北投は法鼓山を開山した東初老師が禅の修行をするかたわら、農業に従事して生計を営むため「農舎」を建て、これがのちに農禅寺と呼ばれるようになったそうです。農禅寺でひときわ目を引くのは2年前に新築された「大殿」と、ちょうど蓮の花が咲いていた「水月池」と呼ばれる大きな人工池です。
 「大殿」は日本の本堂に相当し、外見は寺院に見えない洋風建築です。広い屋内は漢白玉で造られた釈迦牟尼仏が安置され、壁には『般若心経』の経文が飾られています。また外壁にも『金剛経』の経文が装飾され、日本の寺と趣きがずいぶん異なります。この寺院には20数名の尼僧が修行しているそうですが、在家信者である無償ボランティアの女性たちが参拝者の皆さんを親切にガイドをされ、また喫茶室も在家信者の方がサービスをされている様子は台湾仏教徒の篤い信仰心を感じさせました。
 今では法鼓山の中心はのちに新北市金山に開かれた世界仏教教育園区に移りましたが、今回そちらを参拝できなかったので、またの機会に訪れてみたいと思います。

大殿と水月池
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2013年に建立された大殿と蓮の花が咲いている水月池
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大殿内の壁面に『般若心経』の経文。太陽光が当たると経文が堂内に映し出されるようデザインされている
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大殿内の漢白玉で造られた釈迦牟尼仏
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開山農舎(のちの農禅寺)
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壁面に『金剛経』の経文が嵌めこまれている
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上の写真の『金剛経』の壁面の一部を拡大
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回廊
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法鼓山で無償のボランティアを勤める在家信者の皆さんと悟寧師
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法鼓山境内地の案内板
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2015-09-21 : 外国 :
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台湾旅行 (3)ー三義ー

 滞在3日目も所用のため、以前にも行ったことのある三義という木彫の町に行きました。三義は今回宿泊したホテルから高速道を使って2時間近くかかるのですが、運転上手な悟寧師のおかげで高速道をノンストップで快適に走って昼前に着きました。台湾の高速道は片側4車線や5車線もあるような広い道路ですから日本の高速道以上に走行に注意が要ります。
 三義に着くと中心街に車を停めて、以前に来た客家料理店で精進料理の昼食を取ることにしました。「客家(はっか)」とは中国の福建省あたりから台湾に移住して来た、客家語を話す漢人のことで、三義地方には客家人が多く住んでいるということです。
 昼食を済ませたあと、仏像を始めとするさまざまな木彫の彫刻品が所狭しと陳列してあるお店を見て回りました。台湾一の木彫の町というだけあって、精巧な仏像彫刻の数々に圧倒されました。三義の彫師と会うつもりで出かけたのですが、たまたま彫師が外国出張中で不在であったため、店主を通して後日、メールで連絡することにしました。そのあと、以前に見学したことのある「三義木彫博物館」に寄って、館内の超絶技巧の彫刻作品を撮影したいと思ったのですが、入口で撮影禁止と言われたので今回は入館しないで帰りました。

三義の中心街
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三義木彫博物館
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2015-09-20 : 外国 :
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台湾旅行 (2)ー大渓ー

 台湾滞在の2日目は悟寧師の運転で所用のため大溪へ行きました。大溪は老街が有名です。老街とは日本が台湾を植民地として統治していた時代(1895~1945年)に造られたレトロな雰囲気が漂う古い街並みのことです。台湾にはそうした老街がいくつも残っており、以前にも陶器の街として有名な鶯歌の陶瓷老街に行ったことがあります。大溪には1912年ごろに造られたという和平老街と中山老街の2つの老街があり、週末には多くの観光客が訪れて賑わうそうです。
 大溪老街での用事が終わったので、せっかく来たついでに、中国国民党の指導者で、台湾の初代総統になった蒋介石(1887-1975)の別荘を見に行きました。蒋介石の別荘は他の所にもありますが、自分の故郷である中国浙江省奉化市渓口を偲ばせる大溪の風景が気に入って、ここにも別荘を建てたといわれます。大溪中正公園内にある建物は当時のまま保存されていて、現在は記念館として一般公開されています。公園内には日本統治時代に建てられた大溪神社があったそうですが、現在は参道の両側に立ち並ぶ灯籠のみが残されています。

和平老街
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レンガ造りの通路
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レトロな雰囲気の街並み
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それぞれの店ごとに石造の看板
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大溪中正公園内にある蒋介石の別荘(総統蒋公紀念堂)
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別荘外観
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蒋介石の巨大な銅像
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別荘内の部屋
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別荘内の部屋
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日本統治時代に建てられた大渓神社跡の参道
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2015-09-19 : 外国 :
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台湾旅行 (1)ー台湾の友人ー

 今週の月曜日(14日)から今日(18日)まで所用と観光をかねて2年半ぶりに台湾に行って来ました。台湾に行く時はたいてい出家者の友人の釋性一師に事前に連絡を取ってお会いすることにしています。14日は性一師と車のドライバーの釋悟寧師に桃園国際空港まで出迎えていただき、空港から20分余りの所にあるお二人の精舎(精進修行をする場所)に案内していただきました。
 性一師とは今から20数年前の日本留学当時からの親しい友人で、しかも日本語が堪能で通訳もしていただけるので大変助かります。他方、悟寧師はアメリカの大学を卒業して出家するまではコンピューター関係の仕事に就いておられたので、その方面の知識に秀でていて、しかも車の運転が出来るので、いつも悟寧師の車で希望する所に連れて行ってもらえるのが有り難いです。
 着いた日の夜はお二人が懇意にしておられる在家仏教徒の方のご招待で、レストランで素菜(精進料理)の夕食をいっしょにご馳走になりました。台湾の出家者は厳格な戒律を守った日々の暮らしですから、食事に関しては生臭物を口にすることは許されません。毎日の食事は素菜(スーツァイ)といういわゆる精進料理ですが、台湾では出家者だけでなく、在家仏教徒の中にも信仰上から菜食を守っている人が少なくないということです。また一般人でも健康に良いという理由で菜食主義(ベジタリアン)の人がいるので、そのため台湾では精進料理の専門店があちこちにあります。

精舎の仏間
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漢白玉で造られた阿弥陀如来 
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釋性一師、釋悟寧師といっしょに在家仏教徒の方のご自宅で
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2015-09-18 : 外国 :
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河原の案山子(かかし)

 昨日の新聞に「ユニーク案山子(かかし)人気者」という見出しの記事が山口地方版に出ていました。今日は朝から絶好の秋晴れになったので、さっそく案山子が設置してある市内伊佐町河原に見に行きました。案山子は一般的に畑や田の中に設置して鳥などを近づけないようにするために作られます。河原の案山子はその目的ではなく、地元住民の「たんぽぽの会」が3年前から県道240号沿いの空き地を利用して、「案山子コンテスト」を開催しているということです。
 下の写真のように、「見ざる、聞かざる、言わざる」の三匹のお猿さん以外は人型の案山子です。お猿さんの製作者は新聞に掲載されていましたが、人型の製作者はどなたであるのか、作者が表示がされていないのでわかりません。コンテストということですから、個々に製作者は異なるのでしょう。それぞれに個性的で、しかも遠目に見ると本物の人間かと見紛うリアリティのある案山子です。
 こうしたおもしろいコンテストをますます発展させ、広い休耕田でも利用してもっと多くの案山子が立ち並ぶと楽しいだろうと思いました。河原地区には広大な敷地が広がる山口県畜産試験場があるので帰りに立ち寄り、近くの阿川果樹園の直売所でブトウを買って戻りました。

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2015-09-13 : 美祢市 :
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メガソーラー計画 (白岩社宅跡)

 西音寺から北の方向に車で2分くらい走ったところに白岩(しらいわ)という地区があります。ここは山陽無煙鉱業所が操業していた当時、山陽無煙の鉱員、職員、その家族などが住む白岩社宅がありました。広大な敷地にハーモニカ長屋が整然と立ち並ぶ風景は今でも私の記憶に強く残っています。昭和45年の閉山後に社宅の建物は順々に取り壊されていき、すっかり更地なりました。それから40数年がたって、社宅跡地は雑草の生い茂った藪に覆われて、かつての面影は跡形もなく消え去ってしまいました。その現況を昨年1月31日の本ブログに載せました。
 昨年あたりから白岩の社宅跡地にメガソーラーという大規模な太陽光発電設備が建設されるという話は広まっていましたが、数ヶ月前から、跡地にユンボやダンプトラックが入って工事が始まり、最近では藪や雑木がすっかり取り除かれて、あたり一面が遠くまで見渡せる広大な更地が現れています。あたかも40数年前に社宅が取り壊された当時に戻ったかのようです。メガソーラーの建設を請け負っている現場監督の方にお話を聞いたところでは、この跡地を所有する宇部興産から借地してメガソーラーを建設するのはオリックスという会社で、11月ごろから建設工事に入り、来年3月ごろから発電操業を始めるということです。オリックスは国内の広大な遊休地を借地してメガソーラーを建設し、売電する事業を展開しているそうで、ここ白岩にも来春には膨大な数のソーラーパネルが立ち並ぶことでしょうが、その時にはまた写真で紹介します。

メガソーラー建設予定地
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広大な更地
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かつての社宅内の幹線道路、これは市道のため残される
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現地の工事事務所
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2015-09-08 : 麦川地区 :
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美祢坑外展望 (2)

 先日、かつての山陽無煙鉱業所で発行されていた『山陽』という社内新聞に連載された山陽無煙麦川地区の坑外職場の一つ守衛所についての記事を載せました。今回はホッパーで石炭を貨車に積み込んで発送する部署を取材した記事です。ホッパーとは石炭を貯めておく貯炭槽のことで、貨車に積み出しをする設備です。
 炭鉱が操業していた当時、山陽無煙をはじめ、榎山炭鉱、大明炭鉱から出炭された無煙炭は大嶺駅(現在は廃駅)から貨車によって大嶺線→美祢線→山陽線を経由して全国各地に輸送されていました。そのため大嶺駅から山陽無煙鉱業所構内のホッパーまで貨車の引き込み線が敷かれていました。

美祢坑外展望2
(上掲記事の本文を下に転載)

美祢坑外展望―職場めぐりー(発送の巻)

 守衛所を後にした記者は、東側にボタ山を見ながら、守衛所(南門)から西に100米の所に、巨大なホッパーとその下に貨車の列が並んで見える積込場をおとずれると、積込場では係の皆さんが、真黒になって働いていた。記者が仕事上の内容を質問すると次のような御返事をいただいた。
 積込在籍者は25名であるが、計量、ベルト運転工と別れて、25名中の17名が二交替で、一日平均2000トンの無煙炭を貨車に積込む作業に従事しているのである。戦前とくらべて、設備等も近代化され、作業能率もグンと上っています。
 しかしながら国鉄のダイヤとにらめっこで、短時間内に指定された銘柄の無煙炭を正確に積み出す苦労は、坑内作業と違った意味の苦労が多々ある。機械の故障等で積付のトン数が不足した時などは、スコップをかつぎ、炭槽の中に入り、付着炭をかき出し、列車の時間に辛ろうじて間にあうと云う様なことはざらである。
 又水洗炭は、すべて自動計量器を通して積込をするが、生粉(特粉、並粉)は設備の構造上、いちいち計量が出来ず、その時は積込員のカンによって積付されている。しかし長年の経験で積付トン数の誤差は常に0.1パーセント以下であり、その面での業者からのクレームは皆無に近いということは驚きである。
 平均年令42才のベテラン揃いの積込員は森岡、倉本両組長の下で、雨の日も、風の日も、炭の積込みにはげんでいるのである。
2015-09-04 : 麦川地区 :
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浄土真宗本願寺派 西音寺 住職  
住所:山口県美祢市大嶺町奥分 2058
電話 0837-52-0415

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