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新聞記事『漫画の街並み 受刑者が描く』

 美祢市豊田前町はかつては無煙炭を採掘し、販売する山陽無煙鉱業所の炭鉱町として大変賑わった地域でした。だが、昭和45年(1970)の閉山以降は衰退の一途をたどりました。炭鉱で働く鉱員や職員などの住居、いわゆる社宅(豊浦社宅)があった約8万5千坪の広大な土地は更地になったままの遊休地でした。
 そこで、平成9年(1997)、地域振興整備公団によって工業団地「美祢テクノパーク」が造成されたが、進出する企業がなかったので、平成19年(2007年)4月、全国で最初の半官半民のPFI方式と呼ぶ刑務所「美祢社会復帰促進センター」が誘致され、今年で10年が経ちました。この刑務所は、その名称が示すように、罪の軽い初犯者だけを収容し、刑期を終えて出所にした後に一般社会で役立つようにいろんな職業訓練が実施されています。下に掲載した新聞記事にあるように、パソコン技能の習得もその一つです。
 記事に登場する漫画家の苑場凌(そのば・りょう)さんは、美祢市伊佐町の出身で、「美祢市ふるさと交流大使」の一人として漫画を通じて美祢市の魅力を発信しています。苑場さんの作品の一つに、幕末の戊辰戦争において長州藩士・楢崎頼三が飯森山で唯一生き残った白虎隊士・飯沼貞吉を美祢市東厚保町小杉に連れ帰って養育した顛末を描いた『あずさ弓の如くー飯沼貞吉物語ー』(上下2巻、スタジオ友善塾刊行)があります。

『朝日新聞』 平成29年11月26日付け記事
美祢市社会復帰
(上掲記事の本文を以下に転載)

 十数人が一心にパソコンのマウスやタブレット端末用のペンを動かしている。描いているのは街並みや建物、車など漫画で使われる背景画だ。ただ、この人たち、漫画家ではない。刑務所の受刑者たちだ。
 山口県美祢市にある官民協働の刑務所「美祢社会復帰促進センター」。10月中旬の午後、作業棟では明るい緑色の作業服を着た12人の受刑者が、パソコンやタブレット端末に向き合っていた。指導にあたる漫画家の苑場凌(そのば・りょう)さん(56)=本名・渋谷巧さん=がやって来た。受刑者の一人がすかさず手を挙げる。刑務官に「交談願います」と申し出ると帽子を取り、苑場さんに質問した。苑場さんは一つひとつに丁寧に答えた。
 刑務作業に背景画の描画が採り入れられたきっかけは、2014年の夏。美祢市出身の苑場さんは、知人の誘いで刑務作業を見学した。そこで、専用のソフトを使って観光用チラシを描く受刑者の姿を見た。
 「この人たちはどれくらい絵を描けるのだろう」と興味がわき、指導役を申し出た。執筆拠点を置く東京から月1回、通うようになった。15年春、作家の内田康夫さんの小説の漫画化が決まり、苑場さんが作画を任された。美祢市が舞台の一つになっている作品で、受刑者たちに背景を描いてもらうことを思いついた。
 センターも提案を受け入れた。最初は乗り気に見えなかった受刑者たちだが、自分たちが描いた絵が載った本を手にすると笑顔になったという。
 今年4月、苑場さんは受刑者たちが描いた背景画の販売サイト「漫画家本舗」(https://mangakahonpo.thebase.in/ )を立ち上げた。1作品につき300~500円台で販売している。いろんな所で使われれば、受刑者たちのやる気がさらに上がるのではと考えた。背景画は駅舎や日本家屋、東京スカイツリー、いろんな種類の車などさまざまで、数々の漫画で使われ始めている。
 苑場さんは、今も刑務作業の現場に戸惑うことがある。受刑者と話すには、そのつど刑務官の許可が必要。刑期を終えたりトラブルを起こしたりした人は、前触れもなくいなくなる。
 だが、大きなやりがいも感じている。「木目の描き方を教えてほしい」「時計は針を描かない方が使いやすいですよね?」。指導を受けるうちに、受刑者たちは積極的に質問し、背景画を使う人の身になって考えるようになってきた。
 詐欺罪で服役中の20代男性は、パソコン操作も絵を描くことも苦手だった。だが苑場さんの指導を受けて「できなかったことができるようになった」と喜ぶ。「この体験が、出所後にプラスになると思います」
 苑場さんは、指導する受刑者の名前も罪状も年齢も知らない。それでも、師弟関係に似た確かなつながりを感じる。作画を通じ、辛抱強く地道な作業をこつこつ続ける大切さや達成感を覚えてもらいたいと思っている。「この経験を生かし、やりたいことに一生懸命打ち込みながら真っ当に生きていってほしい」
 各地の刑務所では、独自の刑務作業がある。 広島刑務所(広島市)では、広島県警と広島東洋カープの協力を受けて、2014年からオリジナルのカープグッズを作っている。銀行通帳を入れるケースや、8回のリーグ優勝を記念して「V8」と刺繡をあしらったユニホーム型ポーチをミシンで仕上げるほか、刑務官の格好をした球団マスコット「カープ坊や」の缶バッジも製作。グッズに「PRISON」(=刑務所)と印字されているのが特徴だ。                   
 法務省成人矯正課によると、帯広刑務所(北海道帯広市)が地元産のカラマツを使った家具の製造▽水戸刑務所(茨城県ひたちなか市)が祭事で使う獅子頭の製造▽横浜刑務所(横浜市)がうどんや冷や麦など乾麺の製造▽沖縄刑務所(沖縄県南城市)がシーサーの置物作り-などをしている。  (浜田綾)
2017-11-26 : 新聞・書籍・TV :
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石村勝宣絵画展閉幕

 11月12日から12日間にわたって秋吉台国際芸術村で開催された「石村勝宣絵画展」は、本日盛会のうちに閉幕しました。会期中は連日、多数の来場者で賑わい、芳名帳に記帳された数だけでも544名にのぼりました。それに加えて二度、三度と観覧されたリピーターの方や、台湾からの2組の団体ツアーのほとんどは記帳されていませんので、その人数を含めると延べ来場者は600人を越える大盛況で、驚くばかりでした。
 今年2月に立ち上げた実行委員会は初めての絵画展の企画ですから、すべてが手探り状態で準備を進めました。石村さんの素晴らしい油絵を一人でも多くの人に見ていただきたいという気持ちで実行委員会メンバーが取り組んだので、一つの問題も生じることなく、すべてが順調に事が運びました。
 最終日は午後5時に閉幕した後、会場の作品展示の様子と実行委員メンバーを記念として写真に撮り、そのあと2時間余りかけて撤収作業を慎重に行いました。今回、いろいろご配慮をいただき、お世話になった秋吉台国際芸術村事務部の職員さんの話では、一つの企画展でこれほどの大人数の来場者があったのは今回が初めてと伺って、とても意外でしたが、それだけに私たちの企画が好評であったとも言えるでしょう。事前のポスター貼りやチラシの配布だけでなく、山口新聞の記事やMYT(美祢市有線テレビ)放映なども効果があったものと思います。
 おかげ様で12日間の絵画展は滞りなく終了しました。去年の秋、石村さんの絵画展をぜひ美祢市で開催しようという提案から約1年、実行委員会を立ち上げてから9か月、その間、開催費用のカンパを始めとして多くの方々のご援助があったおかげで、絵画展は成功裏に終わりました。

以下の会場の写真は閉幕後に撮りました
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石村さんを囲んで実行委員会メンバー
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山口新聞(平成29年11月21日付け)記事
山口新聞修正(石村絵画展)
2017-11-23 : 美祢市 :
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絵画展出品作品 (3)

秋吉台国際芸術村「石村勝宣絵画展」出品作品、その3です。

「ある日の風景」 F 80号
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「コスモス」 F 40号
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「ドーム 冬」 S 80号
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「よき祈りよこもれ」 F 130号
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「牡丹(ぼたん)」 F 40号
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「青葉したたれ」 P 150号
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「炎 Ⅱ」 F 100号
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「海」 M 30号
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2017-11-15 : 美祢市 :
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絵画展出品作品 (2)

 秋吉台国際芸術村「石村勝宣絵画展」出品作品、その2です。

「胡蝶蘭(こちょうらん)」 F 4号
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「葡萄(ぶどう)」 F 4号
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「薔薇(バラ)」 F 4号
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「薔薇(バラ)」 F 6号
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「薔薇(バラ)」 F 6号
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「薔薇(バラ)」 F 6号
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「船」 F 100号
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「泉」 S 100号
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2017-11-14 : 美祢市 :
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絵画展出品作品 (1)

 秋吉台国際芸術村の「石村勝宣絵画展」に出品されている全24作品を石村さんの承諾を得て、3回にわけてご紹介します。

「肖像(しょうぞう)」 S 50号
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「ドーム(一輪の花の幻)」 S 80号
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「炎 Ⅰ」 F 100号
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「死と焰の記憶に」 F 130号             
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「壁」 F 60号
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「カサブランカ」 F 10号
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「牡丹(ぼたん)」 F 8号
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「マンゴー」 F 4号
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2017-11-13 : 美祢市 :
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石村勝宣絵画展・初日

 今日は「石村勝宣絵画展」の開催初日でした。昨日は、石村さんのアトリエがある周防大島からトラックで運送された作品を会場の秋吉台国際芸術村に搬入して、午前9時すぎから絵画展実行委員会のメンバーが石村さんの指示を仰ぎながら、会場作りを丸一日かけて行いました。
 そして、迎えた初日は朝から絶好の秋晴れの良い天気になりました。9時半すぎころから観客の方が続々と来場して、予定通り10時から50人近い来場者の皆さんとともにオープニング・セレモニーを行いました。最初に実行委員会を代表して私が絵画展開催の挨拶をし、次に来賓としてお招きした西岡晃美祢市長から祝辞をいただきました。最後に石村さんからもご挨拶をいただきました。会場には石村さんの豊田前中学校時代の同級生の皆さんも20数名来場され、その中には現在病院で闘病中の方も車椅子で駆けつけられました。
 美祢市で石村さんの初めての個展ということで、初日は100人を越える多くの方が来場され、主催者一同、関心の高さに驚きました。本日の来場者の中で、特筆すべきはたまたま台湾のある企業の団体の御一行が見学されたことです。この御一行は山口県の観光に来日して、その中に秋吉台も観光コースに入っていたようです。秋吉台国際芸術村のレストランで昼食をとったついでに絵画展も見ていただきました。同行していた副社長さんは展示してある4点薔薇(バラ)の絵がとりわけ気に入ったということで、その場で購入したいという申し出がありました。石村さんは突然の申し出にとても戸惑って、会場では売買を受け付けていないので、後日私がメールで副社長に了解を求めることにしました。
 来場された皆さんが異口同音におっしゃるのは、美祢市出身の方でこんなに素晴らしい絵が描ける画家がいらっしゃるとは知りませんでしたと絶賛されることです。「百聞は一見に如かず」ということわざ通り、私がここで百万言を費やしても作品の真価を表現することはできません。芸術の持つ魅力は、優れた作品には人間の心が共鳴して感動を与える力があることです。絵を見て、時には心が和んで癒やされたり、時には感激のあまり涙を禁じ得ないこともあります。それは音楽にしろ、小説にしろ共通して言えることです。
 今回出品された24点の作品は別に紹介します。絵画展は入場無料で23日(木曜・祭日)まで開催しています。

秋吉台国際芸術村のギャラリー入り口
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お祝いの花が届けられました
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ギャラリー内
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ギャラリー内
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豊田前中学校の同級生の皆さん
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豊田前中学校の校長先生と石村さん
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石村さんと台湾からの旅行団体の皆さん
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石村さんと台湾旅行団体の別グループ
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台湾の女性が石村さんと記念写真を撮りたいという要望に応じて
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2017-11-12 : 美祢市 :
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同期会の翌日

 盛会裏に大嶺第二中学校の同期会が終わった翌日、宿泊した43人は朝食を済ませたあと、9時半にホテルで解散して11人が帰路につき、32人は唐戸市場のそばにある関門連絡船ターミナルから船に乗って門司港レトロの観光に行きました。11月初旬にしては暖かい良い天気だったので、心地よい潮風にあたって、唐戸からわずか5分ばかりの乗船で門司港に着きました。
 門司港レトロは主として明治、大正時代に造られてたクラシックな建物が多く保存されているいるため、レトロ街として有名な観光地です。門司港桟橋からはぶらぶら歩いて、全国で最大級の歩行者専用のはね橋「ブルーウィングもじ」を渡り、「レトロハイマート」にある門司港レトロ展望室に行きました。この建物は有名な建築家・黒川紀章氏が設計した高層マンションで、その31階にある観光用の展望室に上がって高さ103mから見渡すと関門海峡に架かる関門橋や眼下にレトロ街が俯瞰でき、とても良い眺めです。
 そこで小休止して、レトロ街を散歩しながら昼食会場の旧門司三井倶楽部に行きました。この洋館の建物は大正10年に三井物産の社交倶楽部として作られたそうで、アインシュタイン博士も来日した際にここの2階に宿泊し、現在もその部屋は「メモリアルルーム」として当時のまま残されているそうです。1階にレストランがあり、大正ロマンを感じさせる、昔のままの素敵な雰囲気の中で、当地の名物の焼きカレー定食を昼食にいただきました。食事が終わった後、建物の入り口で集合写真を撮って、JR門司港駅から列車で帰路につく人と別れ、私たちは再び船で唐戸へ戻りました。そして唐戸桟橋で全員解散になり、また近い将来、再会を期して2日間の楽しかった同期会は無事終わりました。

関門連絡船の上で
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関門連絡船から見る関門橋
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高層マンション・レトロハイマート、その31階に門司港レトロ展望室がある
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レトロ展望室で
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レトロ展望室で
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展望室から見る関門橋
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三井倶楽部での昼食
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三井倶楽部での昼食
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三井倶楽部での昼食
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旧門司三井倶楽部の建物の前で集合写真
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2017-11-07 : 山口県 :
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大嶺第二中学校同期会

 11月5日(日曜)、午後6時から下関市の「海峡ビューしものせき」で大嶺第二中学校、昭和38年3月卒業生の同期会を開催しました。今回は美祢市在住の同級生が引き受けることになり、まず会場の決定に始まって、案内状の送付、ホテル側との打ち合わせ等々のすべての実務を担当することになりました。
 会場は4月始めに下見をして早々と決めたのですが、案内状の発送が8月末まで遅れたにもかかわらず、64人の同級生と2人の恩師の合計66人から出席申し込みがありました。直前になって、4人の同級生からキャンセルが入ったため、結局62名になりましたが、予定通り午後6時前に出席者全員が集合しました。
 今回、最も遠方から駆けつけたのは、宮城県岩沼市在住の平沼君で、関東地区は千葉、東京、横浜、川崎から6人、東海地区から2人、関西地区から6人、その他、兵庫、岡山、広島や九州は福岡、佐賀などの各県から参集しました。山口県在住者も34人の参加者がありました。毎回、全員の集合写真を撮るのが恒例になっているので、最初に記念撮影を行うことになり、人数が多いため宴会場ではなく、ロビーに出て撮りました。
 そのあと同期会を開会し、まず幹事を代表して私が挨拶をしました。続いて乾杯の音頭は、恩師の岩本友昭先生にお願いして宴会が始まりました。前回は2年前に大阪で開催したので、久しぶりに多くの同級生と再会しました。中には何十年ぶりかに会った人もいて、お互いすっかり様変わりをしているので、なかなか思い出せない人もいました。でも、最近のことはすぐに忘れてしまうのに、50数年前の中学時代のことは、今もっていろんなことが記憶に残っていますから、すぐに共通の話題で話がはずみます。話しているうちに、いつしか中学時代に戻ったかのような錯覚を覚えます。
 ワイワイガヤガヤ飲んで話しているうちに、踊りあり、クイズとゲームあり、カラオケ歌合戦ありして、予定の2時間を大幅にオーバーしたので、最後に「大嶺第二中学校校歌」をピアニカ伴奏で歌い、大嶺炭田で育った私たちにふさわしい「炭坑節」の全員踊りをして、締めは信田百合夫先生の万歳三唱で閉宴しました。そのあと、二次会は40名が下関市内のパブに移動し、夜が更けるのを忘れて一夜を楽しみました。

集合写真
記念写真

宴会
宴会全体

岡崎(旧姓 村田)裕子さんの踊り
村田

甲把(旧姓 山下)美保子さんの踊り。同級生からの「おひねり」が胸元に何枚か付けられています。
甲把

似顔絵ゲーム
福笑い

カラオケ
カラオケ

全員で炭坑節の踊り
踊り2

フィナーレはバンザイ三唱
バンザイ

二次会のパブ
パブ1

二次会のパブ
ぱぶ2
2017-11-06 : 山口県 :
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立木の伐採(宝林廟)

 宝林廟は周囲を山に囲まれた小高い場所にあります。現地はもともと山陽無煙鉱業所の住宅が建っていた所で、40数年前に山陽無煙が閉山してからは、建物が解体撤去された以外、手入れがされないまま放置されていました。8年前の平成21年4月に宝林廟の起工式を行う前に周辺整備をして、擁壁の造成や樹木の伐採などを行いました。それ以後も宝林廟の境内地は毎年、何やかんや少しずつ手を入れています。とりわけ、町内の方が草刈り、アジサイや花壇の植栽と手入れなどの境内地管理をボランティアでやっていただいているおかげで、いつ行っても気持ち良くお参りが出来ます。
 このたび、業者に依頼して椎の木と樫の木の大木を数本と枯れたヒマラヤ杉の大木を伐採しました。その理由は、それらの大木が万が一、倒木したならば、宝林廟の建物を損傷するおそれがあるからです。また、ヒマラヤ杉は昭和10年代にいわゆる”高事務所”が建てられた記念樹として2本が植えられたようで、樹齢80年くらいだろうと推定されます。その1本が枯れたので、この度伐採しました。
 何しろ、伐採をお願いした樹木はいずれも大木で、しかも倒す方向が限定されるため、2台の重機を搬入しての大掛かりな作業になりました。4人の作業員が丸一日かけて伐採して、境内地は倒した木々でいっぱいに埋もれました。それらは後日、すべて撤去されたので、元通りにきれいになりました。
 当地は地盤の強度からして、今後地震が起こって宝林廟の建物が倒壊する可能性は低いと見なされますが、台風や集中豪雨等の自然災害に襲われることは十分考えられます。その際、倒木があっても建物に被害が及ぶことはないようにしたいと考えて、今回の山林伐採を行いました。願わくば、想定外の事故や災害が起こらないことを。

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宝林廟右側の山の伐採
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宝林廟左手の山
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宝林廟右手の山の立木を伐採したあと。
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宝林廟左手の山の立木を伐採したあと。
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左側が枯れたヒマラヤ杉
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伐採後、残ったヒマラヤ杉
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伐採したヒマラヤ杉の根株。その楕円形の長辺115cm、短辺が85cm
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2017-11-04 : 宝林廟境内 :
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浄土真宗本願寺派 西音寺 住職  
住所:山口県美祢市大嶺町奥分 2058
電話 0837-52-0415

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