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新聞記事 『これからの弔い』

 今日の朝日新聞に『これからの弔い』という見出し(表題)で、「高齢化社会は、多死社会の到来でもあります。核家族化や過疎化が進み、家族や地域のつながりが薄れました。これまでのような葬儀や墓のあり方が成り立たなくなり、寺や僧侶の存在意義も問われています。これからの弔いは、どうなっていくのでしょうか。」という問いについて、小谷みどりさん(第一生命経済研究所主席研究員)が急激に変化している現代社会において葬式や墓をめぐって生じている様々な問題について事例をあげて述べています。
 そして、それに答えるかたちで、僧侶の松本紹圭さんは葬儀や墓といった死者供養も世相を反映して変わっていくのは当然であるけれど、葬儀や法事がなぜ大切な儀式であるか、墓の持つ意味は何かについて述べ、それに関わる僧侶や寺のこれからのあり方として、存在価値が認められ、気軽に相談できる「かかりつけの寺や僧侶」になれるようにと提言しています。この新聞記事の詳細は下記に転載していますのでお読みください。、

『朝日新聞』 平成30年1月20日付け
朝日(18 1 22)
上掲記事の本文を以下に転載します。

「従来の葬式・墓、意味が希薄に」  
           小谷みどりさん(第 一生命経済研究所主席研究員)
 終活ブームです。家族に迷惑をかけたくないと、自分の葬送を準備する人が増えましたが、よく考えるとおかしな社会です。昔は自分の死は、残された家族が考え、子どもがいなくても町内の人が総出で葬式をしてくれた。社会は手間のかけあいですが、手間が迷惑かどうかは人間関係によります。迷惑をかけたくないということは、相手との信頼関係がないということです。死者と残される人の関係が大きく変わってきました。
 背景にあるのは、地域という横のつながりの崩壊、家族という縦のつながりの希薄化です。
 核家族化が進む一方、死亡年齢は高齢化しています。1980年まで65歳以上の半分は3世代同居でした。近所づきあいがあり、死亡年齢も高くありません。今は、死亡した男性のうち80歳以上が半数、女性にいたっては90歳以上が4割近くもいます。子どもや親戚、友人も高齢のうえ、残される人自体も少ないのです。
 孤独な死を迎える人もさらに増えるでしょう。50歳の時点で1回も結婚したことのない割合(生涯未婚率)も増えています。2015年の統計で男性は23%に上ります。厚生労働省の調査では、65歳以上の一人暮らしの男性のうち6人に1人は2週間に1回も会話しません。親族は疎遠で、遺骨の受け取りすら拒否されます。
     
 社会が急激に変化していくなか、葬式や墓を巡る様々な問題が顕在化しています。
 葬式や法事を仏式でするのは日本の慣習でしたが、葬式や法事が変わった今、信仰がない人には、お布施は不透明で高いと感じられます。明瞭廉価な料金でのインターネットによる派遣僧侶も登場しています。これまでのように経営基盤を葬儀や墓に頼っているだけでは寺や僧侶は不要になります。
 そもそも葬式には、死者をあの世に送る宗教的な葬儀式と、死者との告別式とがありますが、宗教儀式の意味は薄れています。バブル期には多くの僧侶を呼び、長い戒名をつけ、高いお布施を払っていましたが、信仰心より見えと世間体の表れでした。今は家族葬のような小規模化が進んでいます。直接火葬場に行く直葬など葬儀をしない人もいます。
 一方、親の意思で葬式をしなかった遺族が、親の死を頭で理解しても五臓六腑(ごぞうろっぷ)で受け入れられない、という例もあります。
 墓を巡っては、故郷の墓を閉じる墓じまい、近くの寺や公営墓地に移す墓の引っ越しも盛んです。その際、離檀料(りだんりょう)と称して金銭を要求する寺があります。金額の根拠が不明なのが問題です。都内の寺に墓のある人は、遺骨20人分で1千万円を請求されました。
 無縁墓の増加も深刻です。墓地の3割程度が無縁化している自治体もあります。草ボウボウの墓がたくさん見られます。
 家を母体にした墓石から散骨、納骨堂、樹木葬の墓など多様化しています。姑(しゅうとめ)と同じ墓は嫌という人もいます。共通するのは次世代への継承を前提にしていないことです。墓は生きた証しや死後の住みかと捉える人が増えています。
 数々の問題は、弔いが無形化していることを示しています。
     
 日本人は二つの死生観を持っています。「死んだら無になる」と考えるのは、自分が死んだ場合。大切な人が死んでも無になるとは思いません。「千の風になって」でも、風になって見守ってくれると考える。宗教を信じない、信仰はないと言いながら、大切な人が無になるとは思っていません。
 団塊の世代の多死社会が本格化し、経験したことのない時代が目の前にやって来ています。誰に死後を託すのか。どう生き、どう逝きたいのか。一人ひとりに突きつけられた問いです。

「人生の苦に『かかりつけ寺』を」  
            松本紹圭さん(僧侶)
 仏教は歴史があまりに長く、寺や僧侶の本来的な存在意義が見失われがちです。社会や家族のあり方が加速度的に変わり、葬儀や墓といった死者供養でも今までの型は維持できません。今こそ、より深く原点に返るべきです。しがみついているものを手放し、より大きな視点で見る必要があります。
 寺や住職のあり方を見つめ直す「未来の住職塾」を開いています。卒業生は約500人。自分の寺を守れるのか、次世代にどうバトンを渡すのか。このままだと寺は若者にとって負の遺産になります。住職塾では寺が何のためにあるのか考え、檀家(だんか)や住民と率直に話す機会を持ちます。だんだんと地域の抱える苦が見えてきます。
 葬儀や法事だけすればいいという今までの寺のあり方が単純すぎました。価値観、経済力、家族構成など多様性が増すなかで、寺との関係がしっくりきていない人たちに、ちょうどいい距離感で関係を持つことができる柔軟な仕組みを示すべきです。ポスト檀家制度時代における寺の新しい会員制度のデザインが求められています。
 この世は諸行無常です。一切は変化すると、仏教自身が言っています。当然、葬儀も墓も世相を反映して変わっていきます。
 葬儀や墓はいらないと言う年配者が増えていますが、かつてのお年寄り世代は「死では終わらない命の物語」を持っていました。浄土、天国、あの世、来世、極楽……。最近の若い世代では再び死後の物語を信じる人が増えているのが面白い傾向です。
     
 いま個人的に重視しているのは「トランジション(遷移、変わり目)」というキーワードです。誕生、受験、就職、結婚、病気、そして死。長寿時代の人生はさまざまな変化に満ちています。
 人生をこうしたいと願っても思い通りにならないことを、仏教では苦と言います。トランジションのタイミングは、自らの苦を見つめ、苦に学び、苦を抱きつつ、それにとらわれない生き方へと転換するきっかけを与えてくれます。最たるものが近しい人の死です。
 遺族は何を失うのでしょうか。人生相談に来た女性の話です。仲の良かった母が急死した。彼女は、母という存在だけでなく、母といたときに起こってきた私自身の感情や考え、行動も失います。母の死によって「私の一部」も失うのです。その意味で、亡き人の葬儀は私自身の葬儀でもあるのです。法事も墓もそう。亡き人を追慕し、亡き人を失った新しい私を少しずつ受容するプロセスです。葬儀なし、墓なしは、そのような大切な機会を奪っています。葬儀は、残された人にこそ重要です。
     
 インターネットで僧侶派遣を頼む人が増えています。お経をあげてくれれば誰でもいいなら僧侶の将来はAIロボットに取って代わられるでしょう。戒律は破らず、お経も完璧。合理性なら人間に勝ち目はありません。しかし、その時代には「人間とは何か」という根本が問われます。合理性で解決できない領域を扱うのが宗教であり、僧侶が根本の問いを持ち続ける限り、役割はあると思います。
 経済的合理性という観点からも僧侶派遣は、やや疑問です。お布施を定額にして明朗会計をうたっていますが、中間業者が入れば余分なコストが生まれます。また、短い間に利益をめざす企業の論理は、死を受け入れるという長期のプロセスを扱うのに適しません。
 顔の見えない派遣に頼る前に、まずは近くの寺に相談してはどうでしょうか。ホームページを工夫してコミュニケーションの入り口を開いているので、葬儀や法事を直接頼める寺が増えています。あなたにぴったりの「かかりつけのお坊さん」を見つけて下さい。
 (聞き手・いずれも岡田匠)
2018-01-20 : 新聞・書籍・TV :
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通夜布教 (西本願寺)

 浄土真宗本願寺派では宗祖・親鸞聖人のご命日の1月16日(新暦)に合わせて、1月9日から16日まで本山・西本願寺で「御正忌報恩講」法要が勤められます。この報恩講は1263年(弘長2年)に往生された親鸞聖人の33回忌にあたり、その遺徳を讚仰するため、本願寺第3世の覚如上人(1271-1351)が『報恩講私記』を作って報恩講を営み、今日に至るまで毎年、勤められています。
 昨夜は本願寺派布教使が交代で夜通し法話をする「通夜布教」が聞法会館(西本願寺)で行われたので、インターネットを通して聴聞しました。通夜というのは、もともと故人のこの世での最後の夜を遺族、親族らが集まって、葬儀の準備や故人のことを語り合いながら一夜を共に過ごすことでした。しかしながら、今では葬儀に準じた前夜葬のような儀式が行われるようになりました。
 それはさておき、通夜布教は親鸞聖人が亡くなられる前夜に、門弟や縁者らが集まって夜を明かしたことに始まると言われます。そのため毎年15日の夜から16日の朝まで、一人40分の持ち時間で、13人の布教使が法話をされます。私はネットで7人の法話を午前1時前まで聴聞しました。

開会前の会場
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西原祐治師 (東京教区 西方寺)
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日置宗明師 (東海教区 信明寺)
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冬野正隆師 (奈良教区 正福寺)
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岡智徳師 (山口教区 妙久寺)
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中山信之師 (福岡教区 光妙寺)
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水之江陽子師 (大分教区 法林寺)
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山崎教真師 (東北教区 浄泉寺)
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2018-01-16 : 県外 :
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ロウバイの開花

 寺の庫裏のそばにロウバイ(蝋梅)の木があります。ふと見たら、花の咲いている枝が目に入りました。ロウバイの種類には、福寿ロウバイ、満月ロウバイ、実生ロウバイ、素心ロウバイなどがあり、黄色い花の形が微妙に違うようです。下の写真からこのロウバイは素心ロウバイではないだろうかと思うのですが、確かなことはわかりません。
 寒い冬のこの時期に甘い香りを漂わせるロウバイは中国では梅、水仙、山茶花と共に「雪中四友」とされていますが、山茶花の代わりに椿を入れた四種を「雪中四花」ともいうそうです。雪の中でも凛として花を咲かせるからでしょう。いずれにしても、花の少ない冬にロウバイは生花や茶花として使われ、我が家でも玄関に生けられています。まだ蕾の状態のものが多いですが、寒さに負けずこれから次々と開花していくことでしょう。

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2018-01-15 : 西音寺 :
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今季一番の寒波

 一昨日の10日は夜半から降り続いた雪で朝6時の梵鐘を撞くころは5センチ近く積もっていました。昨年12月17日以来の今冬2度目の雪でした。水分を含んだベタ雪でしたから、屋根に積もった雪も午前中からずるずるとなだれ落ちてしまって、雪景色を撮影する暇がありませんでした。昨日の新聞では美祢市で19センチの積雪と出ていましたが、それはおそらく秋吉台あたりの観測データであって、当地は5センチぐらいのベタ雪でしたから、道路の通行は何の支障もありませんでした。
 ところが、今朝は一昨日のベタ雪と違って、サラサラとした雪がしんしんと降り続いて、夜が明けると一面の白銀の世界が広がっていました。今冬3度目の雪です。今朝のテレビニュースでは今季一番の寒波によって北海道や北陸地方では記録的な大雪が降って、列車や車が長時間立ち往生したと言っていました。幸いにも当地の積雪は5~6センチくらいでたいしたことはなかったのですが、雪が溶けていない道路はスノータイヤを付けてない私の車で走るのは躊躇されましたが、お参りがあったので乗りました。
 下の写真は午前10時すぎに、宝林廟に上がって撮りました。近年の地球温暖化のせいか、昔に比べて雪が少なくなった当地では冬季に3~4回しか見られないモノクロームの世界が広がっていました。

宝林廟の参道口
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宝林廟
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宝林廟
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宝林廟の境内地全体を望む
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宝林廟境内地
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宝林廟の休憩所
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西音寺
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2018-01-12 : 宝林廟境内 :
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新年のご挨拶

     皆さまには、健やかに新年をお迎えのことと思います。
   
    今年もよろしくお願いします。


                          平成30年(2018年)元日

 大晦日の夜は除夜会が終わったあと午前2時前に寝て、穏やかな新年の朝を迎えました。昨年の秋は新しい山門の落慶法要を勤め、また実行委員として大嶺第二中学の同級会と石村勝宣絵画展を行って、忙しい中にも充実した日々を送ることができました。おかげさまで、連れ合い共々、健康に新しい年が迎えられたことは、何物にも代えがたいありがたいことと感謝しています。
 本ブログは本来、永代供養墓の宝林廟をネットで紹介する目的で、平成24年(2012年)1月6日に始めたので、もうじき丸6年になり、7年目に入ります。この間、多くの皆さんに見ていただき、ありがとうございました。とりわけ本ブログで初めて宝林廟の存在を知って、納骨やその予約をされた方が多くいらっしゃることから、ネットの影響力の大きさを痛感しています。
 ブログを開設した本来の目的は上述の通りですが、それ以外にも西音寺や麦川保育園の行事、美祢市や麦川の地域情報などをお知らせして来ました。また大嶺炭田の歴史や、長年にわたって奥分地域の基幹交通機関であった国鉄・JRの大嶺線の歴史なども何度か取り上げました。今後とも現在では跡形もなく姿を消してしまった、過去の繁栄した時代の写真などを入手して載せようと思っています。最近は滞りがちなブログの更新ですが、新年にあたって気持ちを新たに精進したいと思います。

     明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ。
                        インド独立の父 マハトマ・ガンジー(1869ー1948)

平成30年元日の朝の寺の風景
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2018-01-01 : 西音寺 :
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浄土真宗本願寺派 西音寺 住職  
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