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茶話会 (第24回)

 今日は「茶話会」(第24回)が開催されました。今回は川東小学校の校長先生を最後に定年退職された郷土史家の山本嘉男さん(美祢市重安)をお招きして、麦川の歴史探訪というテーマでお話ししていただきました。麦川には寺院として西音寺が、また上麦川には神社として菅原道真公をお祀りする菅原社(天満宮)があります。山本さんによれば、室町時代の永正年間(1504-20)に河越宮内が天満宮を創設し、川越隆祐が天文年間(1532-54)に西音寺の開山となり、河越宮内と川越隆祐とは河と川の相違はあるけれど同一家系の者であるということです。
 西音寺の寺歴については、私も以前、『防長風土注進案』、『防長寺社由来』、『山口県寺院沿革史』などの出版本を参照して調べたことがあります。その諸史料によれば、室町時代の周防の守護大名・大内義隆が天文20年(1551)大寧寺(長門市深川湯本)で自害したため、その家臣の川越太郎左衛門尉隆祐が主君の菩提を弔うため出家しました。そして本願寺第10世門主・証如上人の弟子になって祐西という法名を賜り、「法師庵(ほうしあん)」というお堂を建てたと伝えられています。それが今日の西音寺の創始で、天文21年(1553)のこととされています。
 隆祐が大内義隆の家臣であったころ、麦川小学校の裏手にある「殿山(とのやま)」という小高い山に、館(やかた)を構えて、領地一万石を有していたということです。殿山に館が存在した遺跡は何も残っていませんが、山が殿山という名称から、かつて館があったという伝承も確かなことと思われます。今日の茶話会に出席された上麦川在住の女性の方から殿山の頂上は平地になっていて、少女時代に友だちと登って行って何度も遊んだ場所でしたと伺いました。
 他方、菅原社の歴史については河越宮内が創設したということ以外、詳しいことはわかりませんが、山本さんから神社と寺院の開基が同一家系に由来するというお話は興味深く伺いました。今日の出席者は16名でした。

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2017-05-18 : 西音寺 :
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