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寺で法事と遺骨の移管

 西音寺の町内は現在は「麦川上(むぎがわかみ」と言いますが、以前は「寺町」と称していたので、今でもそう呼ぶ人がいます。この町内で生まれ育った幼なじみのキミちゃんとマー坊の姉弟の二家族が一緒に大阪から来寺されました。キミちゃんは私より学年が一級下で、マー坊は三級下ですから小さい時から寺の境内でよく一緒に遊んでいました。地元の学校を卒業したあと、2人とも大阪で就職し、キミちゃんもマー坊もそれぞれ結婚して家庭を持ち、すっかり関西人になりました。今回の来寺の目的は、お母さんの七回忌法要を勤めることと、納骨堂にこれまで安置してあった親戚の遺骨と五十回忌を過ぎた自分たちのご先祖の遺骨を宝林廟に移管するためです。
 キミちゃんが親戚の遺骨を納骨堂から宝林廟に移管した理由は、次のような悲しい昔話があります。今から61年前の昭和31年4月、当時7歳だったキミちゃんは2つ年上の男の子がいた親戚の家に遊びに行っていました。今晩はフグ(河豚)料理をするからキミちゃんも一緒に夕飯を一緒に食べて帰りなさいと誘われたけれど、お母さんが迎えに来たため、食事をしないで帰りました。しかし、親戚の家ではフグを自分でさばいて食べたため、両親と男の子の一家3人がフグ中毒で全員亡くなってしまいました。
 その3人の遺骨は納骨堂に収められ、キミちゃんたちが大阪からお参りしながら今日まで護持されて来ました。キミちゃんは、もしあの時、お母さんが迎えに来ないで一緒に夕食を食べていたら、私も今ごろ生きていなかったという思いがずっとあったそうです。古希が近づいたキミちゃんが、いつまで納骨堂にお参りに来られるかわからないので、元気なうちに宝林廟に移した方が安心だということで、この度の宝林廟への移管になりました。
 キミちゃんやマー坊とは4年ぶりに再会しました。今回も七回忌の法要を始める前に、ひとしきり昔の思い出話しに花を咲かせました。幼い頃に通った麦川保育園の先生のこと、麦川川が氾濫して寺町の住民が本堂で避難生活を送ったこと、炭鉱で栄えた町筋にびっしりと並んでいた様々な商店の様子など、はるか遠い昔の子供時代を語り合いながら、話は尽きませんでした。

法事のあと本堂で
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移管する遺骨を出したあと納骨堂の前で
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納骨を済ませたあと宝林廟で
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2017-08-28 : 西音寺 :
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