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新聞記事 「肉食妻帯は僧の堕落?」

  昨日の朝日新聞文化欄に 「肉食妻帯は僧の堕落?」という見出しの記事があったので紹介し、私なりの説明をしてみたいと思います。「肉食妻帯(にくじきさいたい)」とは、僧が肉を食べ、妻をめとることを意味するが、いわゆる「生臭(なまぐさ)」と称する肉や魚などを食べ、結婚しても良いのだろうか、それは堕落ではないのか、という僧侶に対する疑問が本記事のテーマです。
 仏教の歴史はインドでブッダ(釈尊)が仏教を開いて以来およそ2,500年、日本に仏教が伝来してから約1500年という長い歴史を有しています。その間、仏教は発祥国のインドから東アジア、東南アジアの諸国へと伝播し、その受容の様態はそれぞれに異なっています。とりわけ日本の仏教は、僧侶の肉食妻帯が他の仏教国に見られない大きな特徴といえます。
 肉食妻帯の僧侶といえば、鎌倉時代に活躍し、私たち浄土真宗の宗祖である親鸞聖人が有名です。当時の僧侶は家を出て、家族と離れて仏道に入り、厳格な戒律を守って修行をする出家者でした。聖人も出家して比叡山で20年にわたって厳しい修行を続けた末に山を下り、法然上人の弟子になって浄土教の教えに導かれました。その後、非道徳で、伝統的な仏教の秩序を乱すと非難されたにもかかわらず、聖人は恵信尼(えしんに)を娶り、子どもをもうけ、生臭を食べて一般民衆と同じように在家者として仏の道を歩まれました。このように聖人が在家僧として生涯を貫かれたのは、出家修行や身分・家柄などに一切関係なく、誰でも阿彌陀仏の本願を信じる者は、ただ念仏を称えるだけで救われることを確信されたからに他なりません。
 出家せず、無戒の在家主義が浄土真宗の宗祖以来の伝統です。他方、出家し受戒する出家主義を旨とした他の宗派も明治政府が「肉食妻帯勝手たるべし」という法令(明治5年・1872)を出して以来、戒律を守り、出家主義を貫く一部の僧侶を除いて、すべての宗派の僧侶が肉食妻帯し、世間一般の人と同じ生き方をしているのが日本の僧侶です。このような僧侶が堕落していると言えるのかどうか、それは僧侶一人ひとりの生き様が決めるのではないかと思います。 

『朝日新聞』平成30年3月4日付け
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(上掲記事の本文を以下に転載)

古代インド。俗世から離れた出家者は、独特の規律で生きていた 。人々は出家者に食べ物などを施して功徳を積み、出家者は施されたものを頂いた。肉も食べた。諸説あるが、お釈迦さまが最後に食べたのは豚肉料理だったとも伝わる。出家者が食べなかった肉は、国王が所有する象や卑しい動物と考えられた犬だった。
  東京大大学院の蓑輪顕量教授(インド哲学・仏教学)によると、仏教には、殺しや飲酒など、してはいけない五戒があるが、肉食は含まれていない。
  時代が下り、一般にも輪廻(りんね)思想が広まった。先祖が動物に生まれ変わったかもしれない。その肉を食べられるのか。さらに、肉を食べるには生き物を殺さなければならず、殺生を禁ずる五戒に背く。そんな考え方が広がり、3~4世紀には肉を食べなくなった。異性とは、よこしまな関係が禁止されていた。

6世紀、仏教が日本に伝わった。肉は薬として食べられるだけだった。だが平安時代、出家した貴族が妻を持ち、子孫を残すようになった。神と仏が結びつく神仏習合も影響した。神宮寺という寺が神社にできたが、神社のありように影響され、その住職が結婚していた可能性も考えられる。蓑輪さんは「貴族の出家と神仏習合が、日本の僧侶が妻を持つ基礎になったのではないか」と言う。
  独特な発展をとげた日本仏教の特徴も大きい。古代インドと違い、日本では、世俗のなかで普通の人たちと暮らしながら、仏道を歩む出家者がいた。
  その1人が「非僧非俗」を生きた親鸞(1173~1262)だ。29歳で比叡山を下り、浄土宗の開祖・法然に弟子入りした。その後、結婚し、子どもをもうけた。親鸞を宗祖とする浄土真宗本願寺派の総合研究所の満井秀城副所長は「妻帯を公言した初めての僧侶」と言う。
  結婚した理由に法然の言葉が考えられる。「念仏をとなえることが第一。結婚しないと念仏をとなえにくいのであれば妻を迎えなさい」という内容だ。親鸞はこの教えを実践し、浄土真宗の僧侶は肉食妻帯をしてきた。他宗からは非道徳的、伝統的な秩序を乱すと批判された。

  転機は1872(明治5)年。明治政府が太政官布告という法令を出した。「肉食妻帯勝手たるべし」。僧侶が肉を食べるのも結婚するのも、ご自由に――。そんな内容だ。
  明治政府は欧米にならって近代化をはかり、神道の国教化を進めた。68年に神仏判然令を出し、それまで結びついていた神と仏を分けた。仏像やお堂などを壊す廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)が全国に広まった。仏教の力がさらに弱まったのが肉食妻帯だ。浄土真宗以外の僧侶も結婚するようになった。世俗とは違う価値観で生きていた僧侶が普通の人たちと同じような生活になることで、聖性が薄まっていった。
  明治から150年の今も禅宗の臨済宗では、結婚した僧侶はトップの管長になれない。だが、大半の寺は世襲だ。
  満井さんは「僧侶が地域に根づくことで、地域の人に安心感を与えられる」と世襲のメリットを挙げる。一方、安住することで向上心に欠けるというマイナス面もある。「僧侶が肉食妻帯のように同じ生活形態に身を置き、同じ目線を持って人々の苦に向きあうことが大切だ」
 (岡田匠)

(コラム) 花開いた「半僧半俗」 (宗教学者・釈徹宗さん)
  日本仏教の特徴は、世俗にあって仏道を歩むことです。僧侶が普通に社会生活を営み、仏教をわかりやすく説いてきました。一方、世俗から離れるという本来の仏教が持つ出世間性は薄まりました。でもなんとか続いてきた。この微妙なバランスが、明治政府の「肉食妻帯勝手たるべし」で崩れたと言えます。
  半僧半俗のような独特な日本仏教を「在家中心の仏教」とみれば相当、花開いたと言えます。死と向きあい、悲しみに寄り添い、多くの文化を生みました。出家者が身を清潔に保つことから歯磨きも入浴も仏教がもたらしたと言われます。ローカリズム仏教と呼んでいますが、地域ごと寺を支えてきました。地域コミュニティーが崩れ、日本仏教は衰退したと思われがちですが、むしろ可能性に満ちている。若い僧侶を中心に、地縁血縁に頼らず公共性の高い取り組みが広まっています。
  日本仏教には密教、念仏、禅、法華経、華厳経など様々な系統が途切れることなく続いています。世界でも、まれです。仏縁豊かな日本仏教をたどって頂きたいと思います。
2018-03-05 : 新聞・書籍・TV :
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